その笑顔が忘れられなくて
ただのみきや

インターホンの向こう
奥さんの返答が聞き取れなくなる
営業妨害の嫌なサイレンだ
気がつけば風にのって煙の臭いが満ちてくる
ますますサイレンが近づいて来た

    火事だ!

道路向かいのおばあちゃんが
ほうきを持ったまま不安そうに立っている

近所の子供たちが走ってくる
目をキラキラさせて
まるで鬼ごっこかかけっこの練習だ
子犬のようにじゃれ合いながら
「あっちだよ! 」火事を見ようと走って行く
すると今度はあちらこちらの玄関から
奥さんたちの登場だ
顔を見合わせ 軽く会釈してはほとんど皆が
 笑顔 笑顔 笑顔
子どもたちを追って足早に現場を目指す

 笑顔で他人の家が燃えるのを見物に行くなんて
  自分の家が火事になったらどんな気持ちになるというのか

そう思った後
急に不安になって
近くの家の窓ガラスに映る自分の顔を確かめる
そこにいつものしかめっ面を見つけては
 少し ほっとする
だからと言って彼らより善良なわけでも
彼らが特別悪人なわけでもないのだが

ただ あの屈託のない素の笑顔が
無数の臨終の顔のように記憶に留まり続け
吐き出したくてもままならない
痰のようにイライラさせるのだ



自由詩 その笑顔が忘れられなくて Copyright ただのみきや 2012-04-16 00:07:39
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