今は家族で一人だけ
ただのみきや

「……殺して 早く」
  
  「何も 殺さなくても」

「いいから殺して! 」

  「ねぇ 見逃してやろうよ」

「"それ″私のどっちが大切なの」

  「そっ そんな言い方しなくても」

 たとえばこんな感じだ
 家の中に かわいい
 小さな蜘蛛が一匹いたりすると
 
「私と蜘蛛とどっちが大切なのよ! 」

 そう 家族でわたしだけ
 「虫好き」なのだ

  「よし 一緒に散歩に行こうか」

「……どこへ?」

  「手稲山に行こうよ 虫網と虫籠持って♪ 」

「いやだ 行かない」

  「なんで 楽しいだろ 捕まえた虫を図鑑で調べようよ」

「ムシ 好きじゃないから 」

  「小さいころは好きだっただろう」

「もともと好きじゃなかった 父さんに合わせていただけ」

 そう こんな寂しい言葉を聞かされる
 「虫好き」は孤独なのだ

  天国の次男は虫好きだった  はず
  この気持ちを分かってくれるだろう
  きっとそこには 珍しくて
  とっても綺麗で 不思議な虫や花や動物たちがいっぱい住んでいて
  君はそっちの友達や天使たちと野山を駆け回っているのだろうな

虫は不思議な存在だ
何も学ばずに
もって生まれた賜物として
人間が遥かに及ばない不思議な能力を秘めている
もし虫が人間ほどの いや
人間の半分ほどの大きさでもあれば
わたしたちは 餌
相手が蟻なら猫ほどの大きさでも
わたしたちは巣穴に骨付きドライソーセージとして保存される
だが ありがたいことに神様は虫を小さく創造してくれた
虫にとって人間はゴジラよりも巨大で
熱線ならぬ 殺虫剤や農薬を吐く大怪獣なのだ

小さな虫は 小さないのち
空中に静止して佇み 森で隠遁する
決して自分から生態系を壊すことはない
科学の教師であり実践する哲学者
朝露に濡れた蜘蛛の巣
真珠とレースの美しさ
カナブンのエメラルド
宝石細工のハンミョウ
穴を穿つ寡黙な職人たち
正確にすべての急所を突く殺し屋
花の上で愛を語り
子育のためにいのちをかける
アクションとリアクション
天性の喜劇俳優
毒針を持つ者が甘い蜜を生み
嫌われ者の毛虫が優美な蝶に変身する
太陽の下 幾重にも打ち鳴らされるチェンバロ
月光の下 夜通し奏でられる弦楽四重奏

凝縮されたいのちの万華鏡

さあ 楽しく賑やかな季節が
もうそこまで来ている
愉快な友人たちの聞こえない声が
わたしを野山に誘っている
わたしにだけは聞こえるのだ



自由詩 今は家族で一人だけ Copyright ただのみきや 2012-03-28 22:24:38
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