空のみなしご
まーつん

空が涙をせがむから みんな互いに殺し合った
立ち昇る黒煙と 未亡人の嘆き

立ち尽くす 一人の少年
泥に覆われた 丸い頬
額にかぶさる 前髪の茂み
その奥にきらめく ひび割れた瞳
干上がった涙の跡は まるで 夏の日の枯れ井戸 

煙を上げる街路 ばら撒かれた死体
影を伝い歩く死神たちは 大漁を前にほくそ笑む 

少年は きっかけを知らない
砂漠の街ではじけた 血と宗教の軋轢
信ずる神をたがえる 多数派と少数派
その見えない亀裂が 同朋の集まりだったはずの この国の人々を引き裂いた

普段はにこやかだった大人たちが
みな眉間に皺を寄せ 酒場で議論していたのは覚えている
ああ、その記憶は 振り払っても離れようとしないオナモミのように
少年の脳裏にこびりついている

激情に駆られて
カウンターにたたきつけられた
黄金色の安酒が揺れる ジョッキの底
険しい皺の刻まれた 眉間に立ち上る青筋

神がどうしたとか
長く続いた抑圧だとか
公平さについてだとか
富の分配だとか
血筋と誇りだとか

主張の波は
大海でぶつかり合う
二つの潮となり
その波しぶきが
波を立てるすべての
人々の顔に降りかかった

姿なき悪魔が 集まってきて
崩れ落ちた瓦礫に 焼け焦げた鉄骨に
ボンネットの吹き飛んだ 車の残骸に腰かけて
煮えたぎる住民たちの苦悶に 手をかざし 暖をとっている

少年は 放然とした面持ちで 歩き始める
行きつけのレストラン その看板は大きく傾き 
ガラスの吹き飛んだ入口を 斜めに塞いでいる
まるで来るものを 拒むかのように

煙草の吸い口をかみつぶしながら あの太鼓腹の店主が
ハンバーガーの肉を フライパンの上でひっくり返すことは もう二度とない

少年は くすぶる街の中を歩く
くじいた足首を 引きずりながら
その脳裏に 綴られていく思い
誰の目にも触れることなく 時の風に
儚く吹き消されていく 少年の思い

大人たちは みんな馬鹿だ
カラスの姿が 視界のあちこちに 黒い斑点となって滲む

大人たちは しゃべり過ぎる
言葉が多過ぎる 多過ぎる言葉が
大事なものを 押し流してしまう 馬鹿だ
それらはあるとき だしぬけに むなしい空気の振動から
まがまがしい実体に姿を変えて 自分たちに襲い掛かってくる
今日それは 空から降り注ぐ 爆弾の雨となって 街を焼き尽くした

どんな神を信じるか
どんな肌の色を持って生まれたか
どんなやり方で豊かさを求めるか
どんな道筋を辿って 幸せに至るのか

本に書き 旗に縫い付け プラカードに掲げて
腰に下げる剣のように 大人たちは武装する

馬鹿だ

爆風にさらいとられた 利き腕のシャツの袖
むき出しの肌にやけどを負った 右肩をかばいながら
少年は歩く 円形の広場 中央の噴水に立つ時計塔を見上げて
約束の時間を確かめる まだ早い
穴だらけにされた 石畳の広場の真ん中で
奇跡的に無傷のまま 立ち尽くす黒大理石の時計塔が
世界が焼け落ちても なお途切れることのない時の流れを
少年に告げている

あいつが来るにはまだ早い あと十五分ってところか
学校のクラスメート いたずらを楽しむ仲間
もしもまだ 生きているとしたら
約束通り 用水路に釣りに行こう
この干乾びかけた街の真ん中に走る 一本の 青く澄んだ水の流れ
お前と連れ立って 石を積み上げた その岸辺に腰を下ろそう

戦争なんて どうでもいい
馬鹿な奴らの流す涙に 興味はない
廃墟の壁につづられた 流血の詩に興味はない

澄んだ水のささやき
大切なのはそれ

引きが来たときに あいつが見せる
にやっとした笑い
大切なのはそれ

もつれあった主張の毛糸玉なんて
お呼びじゃないんだ
俺たちの世界に

そんなものに
輝かしいこの瞬間を
奪わせはしない

大人たちが
そんないがみ合いしか
生み出せないというのなら
もう 彼らを見限ろう

今日から俺は
誰の息子でもない

銃を片手に 家族を置いて
紛争地へと 旅立っていった
父さんの子供でも

毎日 台所で泣き暮らす
母さんの子供でもない

今日から俺は
空のみなしご

空の みなしご


自由詩 空のみなしご Copyright まーつん 2012-03-22 00:17:37
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