春の記憶
橘あまね
君がリリアン編んで
見上げた空は花と同じ色で
ぜんぶ、ぜんぶ春だった
ゆびさきで、光源をたどる
なくしたもののかたちは
思い出せないけれど
なくしたものから芽ぶいたのは
街でいちばん高い
あの木と同じかたち
黒い黒いほのおみたいに
なみだといっしょに
空へ揮発していく
君がゆびさきに捉えそこなって
失われた模様たち
編みかけの、るり色
おさない夢が空を覆って
僕たちのくちびるは
3月の湿度をまねて
そっとふれあう
(ゆきになるさ)
(ことしさいごのゆきになって)
(うまれたばしょにかえる、って)
中空に足あとを刻んで
はなれていく姿に
この手が届かなくても
まだ見失うことはない
朝明けには朝明けにふさわしく
夕暮れには夕暮れにふさわしい
かなしみがあって
編みかけのリリアンを放って
見上げた空は花と同じ色で
ぜんぶ、ぜんぶ春だった