八朔
とろりす


台所の流しの前に突っ立ってひとり
母が黙々と八朔を食べている 
手際よくむかれては口に運ばれる寸前を
遠慮なく横取りした 娘だった頃

母の顔はおいしそうでもうれしそうでもなかった
自分の分がほとんど食べられてしまっても
かなしそうでもなかった

仕事と家事に追われ どんより長い冬の中  
家人が風呂に入っている間に 
甘酸っぱいのを食べている あの時だけが
無心になれる ささやかな悦びの時だったのだと

今 流しの前に突っ立ってひとり 八朔を食べる夜にわかる
その実はとてもおいしかったが 悦びは顔にでなかった
あの日の母みたいな顔をしているだろう


自由詩 八朔 Copyright とろりす 2012-02-22 00:00:00
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