奈落のひと
恋月 ぴの
顔見知りの男が死んだ
いつも何かにイラついていて
斜に構える自らの姿に酔いしれていた
そんな一人の男が死んだ
※
よくある話しだけど
おんなが二人いた
別れた奥さんと
男の最期を看取った内縁のひと
別れた奥さんの脇には小学校低学年の兄弟
幼い長男が喪主だった
※
埋めようとしても埋められなかった
甘ったれのごうつくばりで
欲しいものを手に入れずにはいられなかった
優しい言葉と執拗な暴力で
おんなの一人や二人は意のままに動かせたとしても
自らの人生まで意のままとすることは叶わず
果てに投げ出した負け犬の命
遺書らしき手紙に記された男の想い
※
むりやり引き伸ばした遺影
ゆがんだ口元は許してやるよと微笑んでいるのか
死人にくちなし
内縁のひとは日陰者を演じきろうと
受付の片隅で息を潜め
男との同居で失ったものを少しでも取り返す魂胆なのか
自殺者の葬儀などに訪れるはずも無い会葬者を待つ