完成品
ただのみきや

どうもはじめまして
わたし「くまちゃん」と申します
とあるアパートの集合ポストの上に置かれ
かれこれ一年くらいでしょうか

わたしが「何か」と申しますと
まあ一言で分かりやすく申しますならば
図工の時間にエミちゃんに作られた
木製の「くまのちゃん」で
厚さ10ミリくらいの木の板
正確に言うならば木っ端 木工所の廃材
すべて不ぞろいの四角い木片を
強引に釘や木工ボンドで継ぎ合わせた
顔の面積が一番広く横長で
からだが次に広く少し縦長で
手足は小さく正方形に近い木片で
耳はさらに小さい木片で
目だけは顔の板に乗せる形で唯一立体的な
サイコロのような形で作られていて
全体に茶色い絵の具とニスを塗られた
一見 奇妙な板切れ と思われなくもない
「くまちゃん」なのであります

わたしを見たクラスの男の子たちは
笑いながら「ぜんぜんくまに似ていない」と言いました
それでエミちゃんは蛇足のように残りの木片で
プラカードらしきものを作りわたしの左手にくっ付けて
そこに鉛筆で「くまちゃん」と書いたのです
それでもう誰もわたしが「くまちゃん」であることを
否定できなくなりました
動物のクマに全然似ていなくても 固有名詞として
「くまちゃん」なのですから

集合ポストの上のわたしを見る人のほとんどが
笑います
だいたい六割の人が不恰好さを笑い
四割の人が「かわいい」とか「いやし系」などと形容して
笑います
わたし自身は何と言われようと痛くも痒くもありません
そりゃあそうです 廃材の木片なのですから
仮に怒ったとしても顔色一つ変えることはできませんし
そもそも怒ることもありません
こんなことを語っているのは
わたしをたまたま見た自称詩人を名乗る奇妙な男が
何気にインスピレーションなる実態のないものを勝手に感じてしまい
わたしの生い立ちのようなものを記しているからです
わたしがこんな理屈っぽい中年男のようなもの言いになっているのも
このヘッポコ詩人が理屈っぽい中年男だからなのです
瑞々しい感性の若い女性詩人に見つけてもらえなくて本当に残念です
こんなことを思っているのもこのエッチなインチキ詩人の関与でしょう

わたしは廃材から作られたもので
実用価値がほとんど皆無の存在であることを理解しています
時にあざ笑われ 時にかわいいと言われ
やがて飽きられ 風景の物言わぬ一部として忘れ去られ
埃にまみれ 腐食し 捨てられるでしょう
わたしを作ったエミちゃんもわたしを忘れ去る時が来るでしょう
燃えるごみとして分別されるか
薪ストーブで灰になるか
エミちゃんの彫刻刀の練習台となってから捨てられるか
しかし それで良いと思っています
もともとただの木端屑 廃材の寄せ集めなのですから

わたしは自分をみじめなんて微塵も思っておりません
わたしは記憶しています
まだ廃材であったころ
温かいエミちゃんの手がわたしをつかみ
いろいろと外科手術をしているあいだ
まだ何も思考せずただ温かみと釘の感触だけを感じていました
やがて最後にエミちゃんが目の突起をわたしの顔につけた時
わたしの目がはじめて見えるようになり
わたしの耳がはじめて聞こえるようになったのです
すると 息がかかるほど近くに エミちゃんの真剣な顔が
わたしを見つめていて その目の中にわたしの姿が映っていて
エミちゃんは 突然 それは嬉しそうに笑って
「やった完成した」と言ったのです
そう わたし「くまちゃん」は完成品なのです
わたしを作ったエミちゃんの満足げな顔と
その目に映った自分の姿をわたしはいつまでも忘れません
こんな廃材がこの世に存在することこそ最上級の奇跡だと
わたしは信じているからです

完成品であるわたしはやがて
わたしという存在の在り方を完了することでしょう
延々と続く歴史の中の
ほんのわずかな一滴の時間 金銀よりも真珠よりも
貴重な 決して買うことも取り戻すこともできない時間
わたしは 「くまちゃん」 と呼ばれたのです
なんと不思議で
素敵なことでしょう




自由詩 完成品 Copyright ただのみきや 2012-02-07 00:16:46
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