夜行
HAL
また列車は停まらず通過していった
もう何本の列車が通過していったことだろう
早朝からプラットホームに立ちつづけて
もう陽は落ちようとしているのに
どの列車も眼の前を速度を落とすことはなく
猛スピードで風だけを巻き起こし通過していく
切符は持っているけど時刻の記載はなかった
待つ乗客も駅員もだれひとりいなかった
ぼくは間違ってしまったのだろうか
そう想いながら切符を見てみる
日付は間違ってはいない
指定席の番号も載っている
数日前に届いた差出人のない封筒に
入っていた日付だけで時刻の記載のない小さな切符
そのなかにはこの切符しか入ってはいなかった
でも確かに宛先はぼくの名前と住所だった
念入りに朱色のスタンプで
親展とまで捺されていた灰色の封筒
空腹も喉の渇きも憶えなかった
帰ろうなどとも想わなかった
ただ通過する列車の巻き上げる風だけが
とても冷たく切符を握った手はかじかんでいた
もうすぐ日付が変わろうとする頃に
オレンジ色の二つのライトを点けて
速度を落とした列車が入ってきた
そして自動ドアは音を発てて開いた
ぼくはなかに乗り込んだ
すぐに案内もなくドアは閉まった
でもそのなかにいた乗客は久しぶりの顔ばかり
言葉はないけど見知った微笑みや会釈を交わす
どのひとも柔和な目線でぼくを歓迎するかのよう
ぼくもひとりひとりに微かな笑みを返す
そしてゆっくりと一両だけの列車は動きだす
ぼくは車内の暖かさにも安堵を憶えながら
切符に記載された席を見つけ
そこにゆっくりと腰を落ち着けた
隣の席にはだれも座ってはいなかった
窓の露を拭いて外を見てみたら
その外には星々が瞬き眼を下にやると
知らない街の灯りらしきものだけが見えた
ぼくは確信していた
ぼくは間違ってはいなかったと
ぼくの乗るべき列車に乗ったんだと
ぼくの乗るべき列車はこれだったと
線路を走る音は聞こえてはこなかった
列車は天空に向かい夜空の中に溶け込んでいくのが分かった