看護師だった頃のこと
板谷みきょう
精神病院で夜勤の朝
朝の体操で
体育館に移動した
体調の良い患者30人ほどが
開放病棟から体育館に移動し
めいめいが
散歩したり
ボール投げしたり
軽い運動をする
病棟に帰ってきてから
病室を見廻る
入院患者を確認して
朝の食事が始まる
…はずだった
一人居ない
無断離院かも知れない
慌てた
食事の為
食堂に集まる人を
逆行するように
あちこち探した
トイレを回った時
施錠してある個室を見つけ
「○○さん?」
声を掛けたが返事がない。
上からトイレを見ると
彼は俯いて
便器に座っていたが
様子がおかしい
天井と扉の隙間から
個室に入り
「吃驚したぁ…探したよ。
こんな所に居たの?」
そう言って肩を揺すると
首がぐらんとして顔が上を向く
土色の顔で流涎が垂れている
脈、取れない
息、してない
トイレに寝かせ
当直医へ連絡をして
心臓マッサージをする
かつて
先輩が言ったように(※1)
躊躇することなく
マウス・トゥ・マウスを始めた
直ぐに他の病棟の職員も
当直医も駆け付けてくれた
ほんの15分の間に起きた
突然死だけど
蘇生術は当直医、
他病棟の夜勤看護師らにより
充分すぎる程の手当てが行われ
それでも、彼は
帰らぬ人ととなった
何度も含嗽をしたけど
いつまでも
冷たくぬめる
柔らかい唇の感触が
残っていた
※1参照:
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=247971&from=showdoc.php%3Fdid%3D247971