土曜日の上気
たちばなまこと

定刻の十分前に飛び出した
マンションの駐車場では雨の余韻
生まれたての水たまりには波紋
また 小雨
浸るよりも先に 走らなくてはいけない

休み 休み 土曜は休み
流れる空気の弾力さえも休み
逆走する坂道で出会う休日の顔達が
なげなわで狙ってくる

せまる地下鉄の入り口は明るく
オリンピックに間に合わせた地上の地下の話を
思い出す
駆け上がったって
二段も飛ばして手足を振り千切ったって
間に合わないものは仕方がないよね

ゆるい車内のゆるい顔達の中では
他人事の冷却のように活字をなぞる
ささくれにはクリームぐらい すりこめばよかった

セーラー服が見当たらないスタートダッシュをした
ストールは後ろへと抜けてゆくのでひと結びをした
斜めがけの鞄は右手で押さえた
ヘアクリップで留めた髪は前へとほつれていた
また 小雨
年末の工事現場は日に日に視界が明けていって
黒々と水を撥ねるアスファルト
まだやらかい
次の青しか見ていない人は
ミニショベルカーに掬われそうになって
ヘルメットの男にのぞかれた
濡れて乱れる女を舐めないで
とっておきだというのに

のどで血の味がする
息は真珠の休日に赤い色をふりまく
黒髪は頬に額に貼りついて
赤茶のシャドーがうさぎの目
すぐに濡れてしまう瞳
背中に汗
胸元に汗
乱れる舌
肺呼吸
晩秋の寂の朝にひとりだけ夜のような人
水たまりを蹴飛ばす音楽
一定を保つみずみずしさで
自らをたしなめているみたいで

ロッカーの地下室までの
荒ぶる呼吸
鏡には上気した女
響いてしまう静寂には似つかわしくない人
暗がりで同じ顔を見たことがあるよね
知って いるんだよね


昭和46年札幌オリンピックに開通した地下鉄南北線。
真駒内 - 南平岸間は札幌地下鉄唯一の地上区間がある。


自由詩 土曜日の上気 Copyright たちばなまこと 2004-11-28 21:06:52
notebook Home 戻る