十六夜の庭
石田とわ
十六夜の月の下、夜の庭に釣り糸をさげ
きみと並んで話をしよう
安い焼酎をいつものように飲みながら
この庭を泳ぐものを釣りあげよう
ほうら釣れたようだ
いつか着ていたチェックのコート
きみに薦められた本たち
ビーフシチューのたちこめる香り
そして
あの夜の背すじを伝った甘い疼き
次から次へ釣れる想い出たち
愛おしくて苦しいものたち
きみに聞かせたい話はたくさんあるのに
話すための言葉がここにはない
けれどこれだけは伝えよう
想い出を抱くための時はもう終わったのだと
この庭で釣れる想い出は少なくなるだろう
やがてはなにも釣れなくなるかもしれない
それでもきみにはこの庭にいてほしい
たとえ、わたしが訪れなくなってもだ
この庭できみと釣りをして
大切なものたちに抱かれているのだと
そう思うことがわたしを強くする
想い出は消えることはないだろう
ただわたしの中で息づく鼓動に血脈に変わるだけだ
十六夜の月の下、泳ぐ想い出をきみと釣る