十六夜の庭
石田とわ



           十六夜の月の下、夜の庭に釣り糸をさげ
           きみと並んで話をしよう
           安い焼酎をいつものように飲みながら
           この庭を泳ぐものを釣りあげよう

           ほうら釣れたようだ
           いつか着ていたチェックのコート
           きみに薦められた本たち
           ビーフシチューのたちこめる香り
           そして
           あの夜の背すじを伝った甘い疼き
           
           次から次へ釣れる想い出たち
           愛おしくて苦しいものたち
           きみに聞かせたい話はたくさんあるのに
           話すための言葉がここにはない
           
           けれどこれだけは伝えよう
           想い出を抱くための時はもう終わったのだと
           この庭で釣れる想い出は少なくなるだろう
           やがてはなにも釣れなくなるかもしれない
           それでもきみにはこの庭にいてほしい
           たとえ、わたしが訪れなくなってもだ
           
           この庭できみと釣りをして
           大切なものたちに抱かれているのだと
           そう思うことがわたしを強くする
           想い出は消えることはないだろう
           ただわたしの中で息づく鼓動に血脈に変わるだけだ
           
           十六夜の月の下、泳ぐ想い出をきみと釣る







自由詩 十六夜の庭 Copyright 石田とわ 2012-01-20 04:05:17
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