挽詩
葉leaf

               ――D.K.へ

訃報を受けた次の日、近場にある温泉宿へと自転車で行った帰り道、途中にある長い坂を登りながら、私に不意に訪れるものがあった。あなたの位牌の前で深々と頭を下げて、冴えた糸のような強いつながりを感じた時、不意に訪れるものがあった。あなたの死から一年近く経って、病にふせっているときの感傷のなかで、あなたに向けた文章を書きながら、不意に訪れるものがあった。
それは、水のひらめき――炎の小回転――希望の炎症――身の湿った開花――陽気な吃音――爪痕の流動――歴史のこまやかな受肉――宇宙から滴った星のねじれ――光速の血液――荒れ狂う金属、
それは、流れない涙、頬を濡らさない涙、目を湿らさない涙、液体ですらなくただ輝くようなふりをするだけで、その光だけを大音量で奏でて、決して姿を現さない涙だった。

あなたの人生はいくつもの支流に分かれた。あなたの本流は定められた意志のように姿を消したが、それよりも一層豊かにとりどりの支流を張り巡らせた。あなたの抑揚に満ちた呼吸の連打は、沢山の人に受け継がれた。ご家族、ご友人、仕事仲間、そして私。私は今日もまた、あなたの支流の上を、足を引きずったり軽やかに歩いたり走り込んだりしている。

あなたは、どこにでもいることができる。私の背後に立つこともできるし、駅で改札をくぐることもできる。マンションのベッドで眠ることもできるし、一人で咳をすることもできる。私達は、それぞれのあなたを沢山作り上げた。とても明晰に、とても軽やかに、とてもはにかみながら。そして、私達の作り上げるあなたは、どんな表情の背後にも頑とした微笑を隠しているのである。あなたは今日はいったい何をしているのだろうか?

あなたが決して外には出さなかった言葉たち。私はそれを子細に思い浮かべる。あなたの詩集は、あなたの外側にも生まれたが、それよりも一層あなたの内側に詳細に出来上がっているはずだ。あなたは、あなたの内側の詩集を誰にも見せることがなかった。私にだけそっと読ませてくれないか? あなたの中にあるもう一つの詩集を。あなたの言葉は外側にできた詩集から無限に連鎖していく。その連鎖のなかにこの詩をそっと紛れ込ませよう。内側の詩集の言葉たちへとつながっていくように、と。



自由詩 挽詩 Copyright 葉leaf 2012-01-19 08:40:22
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