Deracine
HAL

帰る故郷を持たない
それは誰からも同情されないひとつの不幸

行き場を失った男は
街を彷徨い帰る場所を捜す

しかし もともとなかったものを
どうやって見つけるのか
それは判っているのに
歩く 曲がる 止まる 休む また歩く

すでに髪からは降り始めた雨が滴り落ちる
風は濡れた衣服を通して
まるで世間のように骨身に沁みてくる

駅の側を通れば帰省人が
たくさんの土産を詰めて旅行バッグを持って
線路の果てに確かにある故郷を見遣る

街はネオンサインで厚化粧をしながら
嘘で固めた笑顔で行き場のない男を迎える
しかし そこは淋しさの吹き溜まり
穴としか見えない眼をした男や女が
溜め息の替わりに死臭のする会話を交わす

そして淋しさを埋めようと
快楽に似た性交をする
いつか陽が昇り始めたら
顔を洗いに行った女の その鏡に映る骸骨の素顔

出社のために定期を確かめ駅へと急ぐ
そのプラットホームに立った時
錆ついた何処にも運んでくれないレールを見る

やがて満員電車が入ってくる
駅員が電車にご注意をと感情のないアナウンスをする
それを聞きながら 物のようなその男は理由もなく飛び込む

ジ・エンド それで不幸がひとつこの世から削除される

駅員は その男の肉片を片づける面倒に作業に
うんざりとした思いを抱くだけ

電車を待っていた乗客達は電車に遅れることに
またかとすぐに忘れる怒りを抱き携帯で会社に知らせるだけ 


自由詩 Deracine Copyright HAL 2012-01-14 11:42:10
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