凪の日
まーつん

凪の日が 続いている

折り紙で作った
僕の船のモーターは
折り目正しく回転して
たった一人の乗客を乗せた
ぺらっぺらの乗り物を 水色の平面の 先へ先へと 押していく

ああ これほどまでに 平穏な毎日なのに
頭上の空を行く綿雲達が 一瞥もくれずに歩き去るほど
ありきたりな日常という景色に 溶け込んでいるというのに

僕はなぜ 叫びたくなって しまうのだろう
毎日の航海が 順調になればなるほど
この両目は 水平線にたなびく
黒雲の姿を 探してしまう
嵐の 到来を
雹の 襲撃を
待ちわびてしまう

船べりに身を乗り出して
波の奥を覗きこんでも
不吉に忍び寄る サメの影ひとつない
諍い 抑圧 欠乏 懊悩
このいまいましい平常心を 頭から貪り食ってしまうような
煮えたぎる暗い想いの 影ひとつ泳いでいない

僕は 憎しみを押しのけ 微笑みを拾い上げ それを使うことを覚えた
人々はもはや 遠巻きに こちらを眺めるのをやめ
僕は彼らの 一部となった
冗談を 交わし合い
痛みを 分かち合い
もはや孤独とは 縁を切った

はずだったのに

我ながら 信じられないのだが
かつて日々を暗く覆い あれほど呪いもした
みじめな不幸の影 それを僕は今 恋しがっているらしい
やっと手に入れたはずの 平穏な日常
それが なぜこんなにも
物足りないのだろう

この手を 罪で汚したい
善人ぶった仮面を かなぐり捨てて
眠気を誘うような 午後の街の静寂を
この喉が 破れるほどの雄叫びで ひっくり返してみたい
慎重に駒を進めてきた 人生という名の 双六盤など
一思いに このテーブルから はたき落してしまいたい

これが 中年の危機ってやつなのかな
あくせくと働く 勤め人のレールから外れて
寄り道できるほどの 財産もないのに
僕の心は今 長い旅に出たがっている
まだ目にしたことのない世界に 触れたがっている
何が欲しいのかは わからないが 何かを欲しがっているのは わかってるんだ

サンタクロースよ お前の橇に 乗せてくれ
つむじ風よ この枯れ枝の様な身体ごと 成層園まで巻き上げろ
ホオジロザメよ この心を飲み込んで 遥かな沖合まで 連れて行け
そしてこの 永遠の黄昏の中に演じられる 生という名の影絵芝居から

僕を 連れ去ってくれないか



自由詩 凪の日 Copyright まーつん 2011-12-14 23:41:26
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