ふるさとの点景
木原東子
1
Yの祖父は最初Yの男親であった
強く頑固で笑わず坊主頭の大男
金色に光る錦江湾と
七色の完璧な稜線を持つ桜島を
並んで眺めた
たった一冊の絵本を読んでくれた
少しでも間違って読むと
幼いYがそれを注意した
祖父は笑った、嬉しそうに
水瓜は深い井戸で冷やす
平たい敷石で夏は行水をした
いちごは小山にのぼりつつちぎって食べる
へびいちごの美しい墓の石段
陶器のおおがめに咲くホテイ草の淡い花
大八車に乗せられて登る丘の上
サツマイモの畑で生を齧ってみた
小笹とお茶の生垣沿いに
小径を走る
空襲の時、焼夷弾が落ちるからと
はずしてしまった天井をつけることもなく
屋根一つのボロ屋住まい
未婚の美しい叔母たちが歌を口ずさみながら
洋服を縫っていた
没落の地主の一家
Yはにわとりを抱っこして
子犬をおんぶして遊んだ
竹細工の包丁を祖父が作ってくれた
2
20年の時は過ぎ
娘たちは嫁に出し、祖父は半身不随となる
最期に会いにいったとき
Yの心は離別を知っていた
溢れる涙を何とか隠す
「どうした、泣いたような顔じゃっど」
Yは必死で微笑もうとした
祖母も逝き、家は山崩れで崩壊した
その時近所に二人の犠牲者すらでた
土地は売られ
墓は他県に移された
また30年の時が流れ、
そこに住んでいたYの叔父も亡くなった
Yの母親にとって、そこは今も光り溢れる泉
Yにとってもふるさとはそこ
それが母子を繋いでいるかのようだ