視線恐怖症の人形
そらの珊瑚

リリィ
あの娘は私のことをそう呼んだ
いつまでも友達よって
つぶらな瞳が笑ってた
毎朝
私の髪を象牙色の櫛で梳かし
樫の木の椅子に座らせてくれる
あの娘は私にいろんなお話をしてくれた
「戦争が終わったら
一緒におうちへかえりましょうね」
暗い隠れ家で
誓ったものよ

固くなったパンと茹でたじゃがいも一個で
息を潜めて生活していた

「戦争が終わったら
一緒にピクニックにゆきましょうね」
野原に寝転んで
青い空を眺めるの
狭い隠れ家で
約束したものよ

ある日
あの娘も
一緒に暮らしていた人々も
この隠れ家から出ていった
あの娘は一緒に連れてってくれなかった
ごめんね、きっと迎えにくるから
そう言って
出ていった

それきり私は一人ぼっち

戦争が終わったのに
あの娘は迎えにきてはくれない

今日も冷たいガラスの中で
私のことを
たくさんの人が見つめる
男の人、女の人、いろんな肌の色を持つ人
しゃべる言葉さえ
いろいろで

私のことをみつめていく
アンネフランクの人形だって、と

こんなにたくさんの人が毎日来るのに
あの娘はまだ来てくれない

今日も人々の視線が私をみつめる
もう
みつめないで
もう
私をみないで
私はたった一人の友達に
みつめられたいだけなの
もう一度
リリィと
呼んでほしいだけなの



自由詩 視線恐怖症の人形 Copyright そらの珊瑚 2011-12-02 10:20:53
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