クエスト
テニスは制覇した
ゴルフも制覇した
競泳にもスケートにも進出した
クラシックに白鳥の湖、ポロやクリケット
黒人の登山家っているのか
少なくともアフリカ大陸にいないとすれば
やはり登山は金と徒労を費やすだけの酔狂なのだ
晴れ間を突いて酸素もない頂をアタック
滑落転落、遭難墜死のリスクに命を担保とする
なもん誰が人生賭けたい?
それにしても凍傷は
始め鬱血の腫脹が赤紫色になり、体組織の壊死で真っ黒に進むが
黒人の場合、発見がやや遅れるのではないか
多分に人種差別的だが、単なる疑問だ
… そうだ
恥かしいからこれは、ベルルスコーニ辞任に事寄せたことにしよう
クライマー
マロリーの遺体は
1920年代のウールセーターという最新装備のまま
チョモランマの北壁でうつ伏せに倒れている
フリーズドライし紫外線に露出した背中は石灰色で
川床石のハリボテように保存されてある
顔も恐らくエルメのマカロンみたいなのだろう
セスナもヘリも寄せ付けない、
そこは海抜8千メートルの海溝みたいなものだ
地上に収容されぬ完全遺体とは、一体何の記念碑なのか
彼の挫折をしか表わさないというのに
けだし文学とは不思議な保存機関だ
「そこに山があるから」
この言葉だけが残り、万人に生き続け
当人が山岳史に刻む、肝心の実績の方はとうに踏破され
大方の者にとって限りなく意味がない
ちょうど、その死体のように
雲が生まれる所でジェット気流にさらされつつ
がれに半ば埋もれ稜線に頓挫したまま
彼自身の歴史とかけ離れた所で87年間
タタミイワシ的石くれの1つであるに過ぎない
その固有性が消えることはなかろうとも、鮮度に於いて
アウストラロピテクスの骨に何らの優位性も主張し得ない
亡きがらとはよく言うが、この物体こそ
ジョージ・マロリーその人なのだ
長谷川恒男はカラコルムの雪崩銀座で雪崩に呑まれ
同行の隊員と3千3百メートル地点に埋葬されたが
笑顔がなつかしい植村直己はマッキンリーのどこかに今も
東南稜でビバークの加藤保男も蓑虫さながら吹き飛ばされ
一体、何の為に個体の死として在り続けているというのだろう
今日は北風が吹く
耳殻の軟骨が冷えて、まるで魚の骨であるかのようだ
AKB48の東京は、1万3千回目の冬だ
植村直己 最後の交信;「わたくしがいるのは・・・サウスピークから・・・。ずっとトラバースして・・・標高・・・えー、わたくしもよく分かりませんが・・・
約2万・・・2万、2万フィートです。どうぞ。・・・2万、2万、2万フィート」
加藤保男 最後の交信;「えー、寒いですが頑張って、明日の朝を迎えたいと思います、どうぞ。・・・その必要はありません。明朝七時に連絡しよう。俺たちは風が強く、どうせ寒くて眠れないが、お前たちは寝てくれ。・・・ それじゃ、おやすみ」〜長尾三郎著『エベレストに死す』
長谷川昌美;『二日後、ベースキャンプで二人の遺体と対面した。それは、私の記憶にある彼らではなかった。(略)魂のなくなったぬけがらだ。「雪崩で遭難しても、遺体は捜すな」二重遭難を恐れていた彼と私の約束だった。だが、彼は雪崩に巻き込まれ、私がいるベースキャンプ近くまで、転落してきた。捜索しやすい場所まで、自分で落ちて来たのだ。星野君とともに。』〜遺稿集『生きぬくことは冒険だよ』