案山子
寒雪
いつの頃からか
崖の上から見下ろす
ささくれだった土の
触れると血が止まらなくなるような
眼前に広がる荒野の地表
反吐が出る光景を
瞬きもせずに見つめるのが
当たり前だと思っていた
震えるような月の白
苛立つような夕の紅
凍えるような朝の蒼
繰り返し繰り返し
明けては暮れる毎日
いつの頃からか
思い返してみても思い出せないけど
荒野の中央に二本足で
しっかりと踏ん張っている
後姿の案山子がいる
案山子が現れてしばらくすると
足元から荒野の表面に
うっすらと草が生え
緩やかに草原へと変わっていく
なにが起きたのかわからず
戸惑っていると案山子は
首を無様に振り向けてぼくにウインク
その時ぼくは
案山子のそばで肩を組んで
飲めない酒を酌み交わして
いつまでも柔らかい草の感触を確かめながら
笑顔でずっとそこにいたいと思っていた
いつまでも川の流れは
いつまでも風の流れは
いつまでも雲の流れは同じじゃなくて
少しずつ変わり行く生命の姿を
ぼくの勘の悪い目では
気付くことが出来なくて
いつの頃からか
草原は荒野に戻っていて
今まで以上に冷たい視線を感じながら
激しく吹き荒ぶ風雨を
傘もないままに
雫を手で払いのけながら
ただ見つめている
真ん中でぼくに目映い光を教えてくれた
あの二本足な案山子はもういない
それだけでぼくの世界は
こんなにも荒れ狂っている
今見下ろしてる景色を
辛い気持ちを抱え込みながら
それでも以前の暖かい空気が
頬に触れた時のことを思い出して
折れそうになる膝を励まして
なんとかぼくは今日もこうして立ち続けている
明日どうなるかはぼくにもわからないけど