デート
はるな


「わたしはそのうち一秒と一秒のすき間に落ちてしまうかもしれない。」

「大丈夫だよ。一秒と一秒はしっかり手を繋ぎあっている。たとえもしも君がそのすき間につまづいてしまったとしても、またすぐに同じ時間に戻ってこられる。」

「じゃあ、十分の一秒と十分の一秒の間は?
 百分の一秒と百分の一秒の間は?
 千分の一秒と千分の一秒の間は?」
「きりはないのよ。すき間は存在する。誰も見たことがないかもしれないけれど、確実に存在する。そしてわたしはそのすき間に落ちてしまいそうな気がする。」

「工夫しよう。君がそのすき間に落ちないように、あるいはすき間が君を捕らえてしまわないように、工夫しよう。」

「どうやって?だって、わたしは今でもそのすき間に落ちたくなんてないの。わたしは同じ時間のなかにいたいの。一万分の一秒もつまづいてずれてしまいたくはないの。
でもそれはわたしだけじゃ決められないもの。物事との出会いを、自分自身で決められたことが今までに一度でもあった?同じことがきっと起こる。望むと望まざるに関わらず、そのすき間は現れて―あるいは現れないかもしれないけれど―わたしをその中に落としてしまう。」

「ほんのすこし先を生きるというのはどうだろう?」

「ほんのすこし先を生きる?」

「もちろん実際にそれができるかどうかは難しいところだとは思う。ただ、君が、ほんのすこし先を生きていれば、次の一万分の一秒に足をかけられるとは思わない?
君は、ずっと、次の一万分の一秒―一億分の一秒でもいい―に足をかけて、たとえそのすき間が君をとらえても、えいと力を入れてこちらの時間に戻って来るんだ。」

「素敵な考えだとは思う」
「でもそれがわたしにできるかしら」

「工夫するんだよ」

「でもだめだわ」
「だってもし、足をかけたその一億分の一秒がすき間だったらどうするの?間抜けね、わたしは自分からその永遠に身を投げることになってしまう」

「そのときは」
「そのときは足を引っ込めればいいんだよ。またやり直せばいい。
 僕は思うんだ。時間というものは同時並行的にいくつか存在する可能性があるけれど、君はひとつだけだ。君の手も、足も、胸も、頭も、ぜんぶひとつだけだ。ここにあるだけだ。どの時間にも君はひとつしか存在しないんだよ。それが君の強みだ。ここにいる君を守れば、君は失われない。君が時間のどこかで方向がわからなくなってしまったら、僕は君を探す。僕はきっと君を見つける。そしてこの時間まで引っ張り上げて、また波に乗せるんだ。」

「・・・わたしにそれができるかしら・・・・」

「それが難しいか、簡単か、僕にはわからない。僕は実際まだ、すき間を意識したことはないから。でもいいかい?帰ったらカレンダーにしるしをつけるんだ。十日後の、十五時に、また会おう。今日みたいにつまらない映画を見てもいいし、来週からはじまる写真展に行ってもいい。」

「あなた今日の映画つまらなかったの?」
「そんなふうにはぜんぜん見えなかった」

「つまらなくて、面白かったよ」

「わたしは時々あなたの言っていることの意味がわからないわ」

「僕も時々君がなにを言っているかわからないときがあるよ。でもわかろうとするんだ。考えるんだ。じっくり考えているとね、時間の密度が高くなる気がするんだ。時間と時間は繋がるんだよ。繋げているのかもしれない。なにかはっきりとした対象について考えるといい。時間以外のね。実際あれは魔物みたいなものだ。だれも時間についてはっきり理解したとは言えない。その君の言う、すき間に落ちていった人だけが時間をほんとうに知ったのかもしれない。彼らが同じ時間に戻ってきていないのはとても残念なことだね。」「でも僕は思うよ。たとえば君がそのすき間に落ちてしまったとしても、僕は君を見つけるよ。僕は僕の時間から君を見つけるよ。それまで君は、君の時間をゆっくり味わっていればいいんだ。だからそんなに心配することはないよ。」

「励ましてくれているの?」

「そうだよ」

「わかった。十日後に。でももしかしたらわたしは明日もひまかもしれないわよ。」

そうして僕たちは手を繋いで歩き出した。はっきりと同じ時間が流れている。すれ違う人々に、木々に、静かなベンチに、空に。僕の時間も、彼女の時間も、ずれることなく、なにか大きなものの流れをあるべき方向へ進んでいる。



自由詩 デート Copyright はるな 2011-11-22 04:13:38
notebook Home