終りから射す光
殿岡秀秋

子どものころに左手を切った
人差し指と親指の間から掌の中央にむけて
傷口から桃色の肉が見える
手を動かすと痛い

消毒するために
ヨードチンキを垂らす
滲みて痛くて
畳の上を海苔巻きになって転がる

化膿させない力があるなら
たくさん使えば早く治るかもしれない
ぼくは何度も垂らして
畳の上で海苔巻きになった

傷口が塞がるには
日にちがかかる
早く治すのをあきらめて包帯をして
ぼんやり庭を見つめた

子どものころは
危険な敵や恐ろしいけだものとの戦いに
想像の翼と剣をもって
空を飛びながら挑んだ

空想では勝つことはできたが
気持ちが砂のようにすぐに乾いて
潤いを求めるように
新たな冒険に旅立った

大人になって
合気道の稽古で
左手の親指の爪がわれた
絆創膏をつけておく

爪がのびて
われたところを切りとるまでは
保護しておくほかはない
時が傷を癒すのだ

毎日少しずつでも時間をかけて
自分を見つめ
修練を積みかさねなければ
得られない自由がある

いつもの道を
普段どおりにあるいて
決まった時間の電車に乗って
冒険に向う

座席に座って
携帯パソコンを開き
今までに踏みこんだことのない
言葉の森にわけいる

いつのまにか人生の終りから
薄い光が射すようになった
空想に濡れた子どものころより軽くなった翼で
残された時の空へ飛びたつ



自由詩 終りから射す光 Copyright 殿岡秀秋 2011-11-14 16:42:09
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