森のエニシダ
Lily Philia



(みっつのおはなし)



エニシダは、立派な低木樹です。
あたしの背よりも少しだけ高い
ちょうどいい面もちをしています。
毎年、雲雀たちが
無数にからだを駆け抜ける季節には
まるでひかりをくりぬいたような
やさしいこがね色の花をつけます。
それが雪のようにも時雨る季節が
あたしは一等にすきです。
まばゆい緑を
きらきらと光らせたなら
ララと呼ばれるその森の
果てを守るみたいに
エニシダは佇んでいました。
ララの奥の
ずうっと奥の
アザミのたくさんに咲いている
やわらかい土のぬくもりのことを
ふたりでよく思い出します。
ある日、
「あすこを天国と呼ぼう。」
と、エニシダは云いました。
あたしは丁寧にひとつうなずいて、
「天国はとてもいい匂いがするんだね」
と、云いました。
そうしてエニシダは
神さまのようにもほほえみます。

あたしたちは
ただ
ここに
こうして
息をしていました。
ララの底には
うっすらと
夢の形見にも似た
いきものたちの亡骸が
きらきらと
降り積もって
なりたかったものに
かわってゆきます。




春の沼



とちのきの
一等てっぺんに
ひとりかけておいでは
つぐみです。
のいばらのトンネルをくぐり抜け
すこしずつからだが
透けてゆくような夜に
白い陰を
いくつもいくつもばらまいて
春がやってきました。
つぐみにとっては
真っ赤なすぐりの実をついばむことも
ひらひらと舞う花びらを追いかけることも
それはおんなしように
とてもすてきなことです。
ほんとうにほんとうにたいせつなものは
いつも目にみえないから
あたしたちは
そこらじゅういちめんに
浮かび上がった
ひみつのばしょをあとにして
 (たとえば
 桜の花びらに耽溺する時
 たとえば
 蜜色の日溜まりを
 つぅいつぅいと渡る時)
あたしたちは
明るい光の中で
ただひとつのものでありたいなと思いました。
のいばらのトンネルをくぐり抜けると
そこはもう春です。
ララにただひとつある沼には
月の輪がかかり
水面は水仙が咲き散ったようです。
「いいよるですね」
「いいよるですね」
たくさんの声が
鈴のように
星のように
立ち上がり
そこらじゅういっぱい
雪原のようにします。
天国に手がとどきそうな夜
そして
ララ、
あなたのことが
どんなにすきか
どんなにすきか
つぐみは月に
まっさかさまに落ちてゆきました。
自分のためではなく
誰かのために祈ること
それは幸福です。

ララにただひとつの沼
そこに沈んでいるのは
つぐみです。





桜森



あたしたちには
決して触れられないものがあった。

さくらもりには、
生きているものも
そうでないものも
おんなじ比重で
そこに在りつづけていた。
かみさまが作り上げたままの姿で
陰を積み重ね、
たしかにずっと
いのちを保ち続けていた。
大切なことは、
目にみえることばかりではなくて
(そのことにきづくものはだれもいなくて)
きっと
呼吸の仕方さえも
かみさまにかたちづくられたものだったのに。

湖の向こうから
こころに浮かぶものたちがやってくる。
(境界をなくして生き戻ったものたちのこと。)
(ことばのせかいとそうでないせかいのこと。)

そうして、深い呼吸と共に鳥がおりてくる。
その羽がちるように
花びらがちって
息を潜めていた精霊たちのする
その平等すぎる仕草で
あたしは、
救われるべき
声をきく。
さくらもりの
幾千の桜の
そのなかの一番若い木の根に身をうずめ
花びらに埋められてゆく。

ここからは
空がみえる。
あたしは、
あなたの一部でしかないことを知る。








自由詩 森のエニシダ Copyright Lily Philia 2011-11-07 21:59:54
notebook Home 戻る  過去 未来