師匠、僕は今、案外と幸せです
桐子
世界中で 苦しんでいる人のために
詩を書こう そうしよう
橙色のポケットに手を突っ込んで
またたく間に一連の詩を引きだす
こいつはいい詩だ、と師匠は言った
いやなんの、と僕は謙遜した
つまらないものですが 世界の人達の
お役にたてるなら それも幸せです
ではこの詩は、と師匠は言った
橙色をしているのだから
わしは緑色の詩を書こう
師匠はすらすらと詩を吟じた
では、2人で一緒にこの詩を持って
遠いところへ運んでゆこう
海を越えて山を越えて
橙と緑が人の心を潤すように
乾いた大地は生き返るように
海もますます豊かになるように
空気はいや増しに澄み渡るように
2人は山を幾つも越えて
険しい山を幾つも越えて
荒れる海を越えて
荒地も草原も越えていった
肥沃な大地も越えていった
最後から2番目に辿りついたのは
僕の故郷
最後の最後に辿りついたのは
師匠の故郷 だった
師匠の故郷に辿りついた段階で
師匠は弱っていた
翌日、気付いたら師匠は死んでいた
僕は緑色の詩を握りしめながら
墓標の前に立ち尽くした
しかし、なんだかんだ言って
僕もだんだん年を取るのである
橙色の詩のことを思い浮かべつつ
僕も今、死の床の上にあって
師匠も死ぬ時、あんな渋い顔をしていながらも
実はけっこう幸せを噛み締めていたんじゃないかな と
勝手に自分と重ね合わせながら
思いを馳せ
ひっそりと笑った