無病息災 生きている 大人編 4
Tシャツ

 自分が死んだら 誰かが泣いたら 私は少し面倒だなって思う。そんな気持ちわかるでしょうかね。 

 入院生活が終わりを告げる前日の夜。私は消灯直前に一人で共同の洗面台で自分の顔を見る。2週間で5キロ痩せた。友人はお笑いのカラテカじゃねぇかって笑う。私がぺたぺたスリッパの音をさせ、自分のベッドに戻るとすぐに部屋の電気が消えた。もうこのベッドは最後。隣のアニキはもうとっくに退院して元気にやってるらしい。明後日から、このベッドには誰が寝るのか。隣のおっちゃんと話をする。おっちゃんと私は同じ病気。俺はもう70も生きたからな。もういいんだよ。だがな兄ちゃん…気の毒になぁ。私は言う。きっと自分は病気にならなかったら、ろくな大人になれなかったと思うって。病気でよかったよって。おっちゃんは通院するなら見舞いに来なさいって横になる。どこかで看護婦の走る音がする。小学生の頃から何度も感じる不思議な感覚。うすあかりのこの病棟の病室のどこかで誰かが死にそうになってるって足音。でも、みんないびきをかいて寝る。私も何も感じない。とても不思議だけど穏やかな時間だって思う。私は精神科医の診察を受ける。どうやら鬱病だったらしい。自分でも信じられない。あなた、かつらとれてますよ。ええ!?みたいな?退院して抗うつ剤を飲むようになると、私はべらべらしゃべるようになる。本当に鬱だったのかなって思うけど。前の方が落ち着いてて良かったなって思う。今私は通院している。週3回筋肉注射を打つ。副作用は抑うつ発熱。もとが鬱なのにこれ以上鬱になったら、いったい何になるんだろう。内的世界へと向かっていき、悟りでも開けるんじゃないか?でもそんなもんじゃなくて、症状が出たら私は布団にもぐりこむ。自分がおかしいってわかる。生きたくない、死にたくない。生と死に興味が無くなって、誰かの何かもどうでもよくなって、私は窓から飛び出せば楽になるって思う。でも我慢する。医者には言わない。治療の中止をされたくないから。
 私はきっとまたこの病院に入院するんだなって思う。第二の故郷だ。辛いのは、来るたびに知らない人だらけだってこと。生死の隣接する場所に、私の思い出が多すぎる。最後の夜に思う。世界中の人が病気になればいいのにって。一度病気で死ぬような思いをするべきだって。私は病気である事で、どれだけ多くのものを失って得たか分からない。


散文(批評随筆小説等) 無病息災 生きている 大人編 4 Copyright Tシャツ 2004-11-23 00:34:30
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