すること、しないのこと
はるな

冬瓜を煮る。すこし青臭い匂いが指に残っている。

夕方、ディスカウントショップへ行ってハロウィンの玩具をいくつか買って、夫と落ち合って帰ってきた。途中、tooth tooth へ寄ってケーキを二つずつ選んで買った。三宮ではいちばん好きなケーキ屋だ。小ぶりで、でも見かけも味も贅沢でいい。焼き菓子も美味しいケーキ屋は信用できる。

もう充分に秋らしくなってしまった。油断しているとすぐに日が暮れてしまう。何曜日にどこのスーパーマーケットへ行けば安くていいものが買えるのか、とか、自分に合った美容院、とか、遅くまで開いている好もしいクリーニング屋も、もうわかる。生活が整ってゆくのがわかる。平穏そのものと言ってさしつかえない日々。日に何度か、実家の母にメールをする。他愛のない、穏やかな日々そのものの。

たとえばそれらの全部―夫と待ち合わせをして帰ってきたりだとか、野菜を見極めて買ったり、一月か二月に一度美容院へ行ってのヘアケア、とか、あるいはいまの夫と暮らし始めたことそのもの―は、わたしにとっての自然だった。なんの違和感もなかった。むかしからそうだった。わたしはひどく臆病で腰が重い人間だけれど、何かを決めるときや、その決定にしたがうとき、それらはなんの不自然さもなくわたしの生活になった。学校や、仕事や、あるいは恋愛も。後悔というものをしたことがないし。ああしていれば良かっただとか、あれをしなければ良かった、ということを、思いついたためしもない。

でもそれなのに生きていることに対するこの違和感はなんなのだろう。不満もなく、憤りもなく、不足もなく、満足していながら、常にまとわりつく不安はなんなのだろう。
このごろは、人生が終わってしまったような心持が加わった。左手の、ささやかな石の埋め込まれた結婚指輪。
人生が、もう終わってしまったような気持ちがする。

仕事先の若い女の子に、そんなに幸せならどうして浮気するの?と、聞かれた。
そりゃあ、好きになってしまうからじゃないの。と答えて、でも、そうではない、とすぐに思った。浮気をする理由なんてとくにないし、そもそも、必要があってすることなんて、ほとんどないのだ。
しない理由がないからすることがいつも、重要なのであって。
生活においては、信念はなにをするかよりもむしろ、何をしないかに宿る、という文章を、何で見たかは忘れたけれど、ともかく何かで読んで感銘を受けた。
でもいまは思う。
しない理由がないことだけが、それをするべきただひとつの理由なのだ。

そんなんぜったい、誰のこともほんまには好きちゃうわ。
女の子はそう言っていた。いつでも香水の匂いがする子だ。仕事にも遊びにもまじめなのだろう。力いっぱい、という感じがして良い。この子は、まだ、冬瓜のにおいを気にしたりしないのだろうと思う。
思いながら、あしたは鱈のシチューにしようと考えている。


散文(批評随筆小説等) すること、しないのこと Copyright はるな 2011-10-25 23:30:17
notebook Home
この文書は以下の文書グループに登録されています。
日々のこと