東征
片野晃司

その皇子
東へ進軍し
その剣
雲を斬り
丘を割き
沼を埋め
戦に次ぐ戦
謀殺に次ぐ謀殺
返り血の乾く間も無く
川にかかれば妻を売って渡り
海峡にかかれば妻を売って船を買い
船を打ち捨ててさらに東進した
また別の妻を娶り
丘の上の森を薙ぎ払って家を構えた
妻は子を産み
子は孫を産み
森は幾度も燃え上がり
野は畑になり
畑は町になり
群雲が幾重にも覆い被さっては
その下から鉄塔がいくつも突き抜け
それらが打ち倒れてはまた新たに打ち立てられ
台地は根こそぎ突き崩され
空と地の底を繰り返し縫い返され
煮物を煮終えた妻が
すっかりくたびれて横になるころ
老いた男は再び思い出す
未だ終えていない東征のことだ

錆の浮いた剣を取り
列車に乗って東へ向かった
列車が大きく揺れるたびに
男の背骨が痛んだ
線路が右にカーブしたあたりで
列車は朽ちてしまった
男は線路の上を歩いて進んだ
線路は雑草の中に消え
痛む脛で叢をかき分け
かき分ける手の甲は傷つき痛んだ
わずかに踏み固められた畝道は
鄙びた漁村で終わっていた
村はずれのホテルで女を買ったが
何もせずに帰した
妻を思って泣いた




同人誌「minifumi」掲載作品 2004/02初 2004/11改


自由詩 東征 Copyright 片野晃司 2004-11-22 22:11:09
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