水の間(あわい)
ゆべし
特殊な水で満たされたその保育器は柩でもある。
「抜け出るのなんて夢のまた夢」
隣の保育器=柩から、会話の続きのように声がかけられた。空気を震わす音でなく、脳髄に直接響く信号として。
「夢と現(うつつ)はひとつづき。繋がっているんだよ」
声が脳ににじむ。その言葉がまるでぼくの思考であるかのように。
――メビウスの輪ってあるでしょう。
ちょうどあんな具合なのよ。表と思ったら裏で、いつのまにかまた表。
だから眠っても無駄なのさ。逃げられやしないんだ。
彼―肝心なところが見えないので性別は分からないけれど―の白く柔らかな髪の毛が、藻のように水に揺らいでいる。身体の割に頭が大きくて、赤ん坊を拡大したような不自然さがある。でも、大きな目とおちょぼ口がつくる笑みには年寄じみた狡さがにじんでいる。初めて会ったはずなのに、どこかで見たような気がするのはなぜだろう。
――夢は救いではない。現が救いでないならば、ね。ところで、夢の中であなたは何をしているのかしら?
「ぼくは…眠っている。水槽のような器の中で。口から吐いたあぶくが水面を揺らしている。息苦しくはない。
そして隣には君がいて」
白く柔らかな髪の毛が、藻のように水に揺らいでいる。身体の割に頭が大きくて、赤ん坊を拡大したような不自然さがある。でも、大きな目とおちょぼ口がつくる笑みには年寄じみた狡さがにじんでいる。初めて会ったはずなのにどこかで見たような気がするのはなぜだろう。
「メビウスの輪よ」
「どちらが本物なの?」
表と裏。男と女。大人と子供。老いと若き。単数と複数。夢と現実。
「眠りの中の眠り。夢の中の夢。合わせ鏡と同じさね。本物を探そうなんてくたびれ儲け」
「でももし鏡なら」
もし鏡ならば本体はひとつだ。
そう言うと彼は小馬鹿にするように笑った。
「そもそも、本体だと信じこんでいるあなた自身が偽物かもしれないわ」
「ぼくは本物じゃないの?」
「証拠は?」
「…ない」
「ほれ、ごらん。考えるだけ無駄なのよ」
――寝ても覚めても夢の中。どこへも逃げられやしないわ。
歌うように言って彼は目を閉じた。
おちょぼ口から小さなあぶくが生まれては死んでいく、ささやかな音がする。
――ところで
眠る彼に、音もなく囁いた。
――君って僕だよね?
さあね。
応えたのは彼の声か、ぼくの脳か。