革命前夜
faik

 ――けたたましいアラームの音にハッとする。

 夢の進行状況に関わらず、真っ先に覚醒するのはいつでも聴覚であるらしい。そもそも夢というやつに音は実在しているのだろうかと、ふと思う。聞いたという意識こそ確かなものだが、その感覚はどの器官より曖昧だ。となると私はこの二十四年、眠っている間中、耳だけを現実世界に置き去りにしてきたということになる。薄闇の中、空になった褥の上で主を失くしたうずまき管がしきりに蠢いている。うら若き乙女に似つかわしくない絵図を想像してしまい、思わず溜め息。枕元を探りに探り、ようやくその根源を断った。
 訪れるはずは安堵の静けさ――だが、どうにも辺りが騒がしい。手元の時計がカチリ、と九時一分を刻む。秒針からカーテンへと耳を逸らせば窓の外はどしゃぶりの雨。私個人としては革命的であった前日の体験も相まって、大袈裟すぎるが深刻な虚脱感に襲われる。
 今日は終日予定なし。いや、見栄をはらずに“今日も”と言うか。臆病で出不精な自分には、本来、昨日のような行事があることのほうが珍しいのだ。
 そこで考える悪しきこと。二度寝だ。こんな陰鬱な日は寝過ごしてしまうに限る。
 自堕落を正当化する為か、次第に身体がだるくなる。これは風邪かもしれないぞ、とまことしやかによく通る鼻を啜る。下らない。瞼を閉ざし、布団を肩へ。引きずり込まれたのか、あるいは進んで飛び込んだのか、数秒としない内に私の意識はレムの藻屑と消えた。

 そうして再び、けたたましい音。ぬぬぅ、何事ぞ。誰にともなく装いながら、おぼろな記憶で根源を手繰る。時刻は九時十分。何、まだほんの数分じゃないか!軽い絶望と苛立ちを味わいながらアラームを止めようとして、ふと思い出す。
 そうだ。昨日の晩、私は決意したのだ。明日から変わろう。明日からはこのゲスな生活を脱し、大事を成し遂げ世に羽ばたこう。私は生まれ変わるのだ、明日こそ必ず。
 そう。確かに昨晩、私の瞳には希望と決意が満ち満ちていた。それを思うと大変誇らしく、そうして早々と暴挙を遂げてしまった自分を愚かしく、ひどくみすぼらしく思う。だが、それはもう過ぎたこと。変わるべき時今日がその日だ。意気も揚々とアラームを止め、立ち上がる。踏みしめた床材が、まるで昨日とは違うもので出来ているようにさえ思えた。


 けたたましいアラームの音。ハッとして覚醒。時計を見る。これはデジャブだと嘯いた。
 世は間もなくランチタイム。雨だと感じた窓の外の音が、斜向かいで連日行われている建築作業の騒音だったことを知る。
 ああ、良かった。場違いに思う。とにもかくにも私は、選好みせず、全ての器官をきちんと夢の中に連れて行ってあげられていたらしい。
 騒音と罵声の褥の上、ひとりクツクツと哂う私のうずまき管では、絶えず雨が降っている。

 実に、爽やかな失望だ。


散文(批評随筆小説等) 革命前夜 Copyright faik 2011-10-15 18:25:23
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