あなたにもわたしにも…
三之森寛容
タクシーの車窓から…
慣れ親しんだこの街を出る
バックパックには
使い古したメモ帳
何の気無しに横たわる筆記具達
暗さを彩る子供染みたお菓子達
……
大した物は無い
何だか馴染み深いタクシー運転手
でも車中に会話は無い
小気味好く刻むリズム
清潔で柔和なバックミラー
遠慮せず厚意に甘え
普段見せない締まりの無い顔
車窓に目を向ける
ゆっくりと流れる
大好きだった
色取り取りの野花
回想する間も無く
光風に乗って…
ゆっくりと流れる
よく遊んだ
古き好き小川
挨拶する間も無く
涼風に乗って…
ゆっくりと流れる
愛して止まない
抱擁の小山
感謝する間も無く
秋風に乗って…
ゆっくりと流れる
癒やしだった
老いた大樹
孝行する間も無く
寒風に乗って…
街を後にするのに
時を要さないだろう
そう思っていた
“お客さん、すみませんね”
“渋滞にハマっちゃたみたいでー…”
使い古したメモ帳を開く
懐かしい文字達
横たわる筆記具を起こし
新しいページを開いて
新しい詩を綴る
時はまだまだありそうだから…