波打際
水瀬游

【波打際】
恐ろしき夢の波打つ水際に幾歳月か浸されてのち
空は黒 月は蒼白 水は黒 他には私が一つ浮かぶのみ
楼閣は空を優雅に遊泳す 伸びる廊下の果ては砂漠か
鹿の角生やした犬が水辺から呆けた顔で見下ろしている
霧がかる私の住まうこの町に居た人々は もぬけの殻
揺らめいた向こうの影は人間か 振り向いた女に表情は無し
目の前の女の頭が歪んだと思えば私を咀嚼していた

【波間】
蒼く照る濡れて艶めく黒い肌 深く巨大におどろおどろし
縞模様 芝生も空も白黒と縦に引かれて等間隔
絶え間なき金切り声に耳塞ぎ 逃げ惑えども鮮烈なまま
野辺の煙 極彩色に棚引いて肺胞を満たす甘ったるい香り
火は消えて極彩色は灰色に 肺は灰色 香りは灰色
がらんどう 誰の煙かも分からずに 私一人の野辺は香も失せ
野は緑 足元のみが鮮やかに 果てはあるのか霧深く 白
忘却の彼方に消えた私の名 海に揺られた以前の記憶
涙雨降る街は眠りの内に沈む 十数えたならさようなら

【引き潮】
光の無い 出口の消えた下水道 腰まで昇った黒色の水位
気が付けば錆の匂いも消えうせて 波間は黒く無為に揺られる
暫くは波の音すら聞こえずに無為に安らげ 眠りも深く
恐ろしき夢も去りゆく引き潮に目覚めてみれば幾許もなし


短歌 波打際 Copyright 水瀬游 2011-09-02 02:17:47
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