どしゃぶり長距離ランナー
麦穂の海

「一人でディズニーランドのフィナーレに上がる花火を見た。
水族館の多面体ガラスドームに、ダイアと花の観覧車が映る時
すごくきれいだと思ったけど、同時に私が人生に欲しいものって
何だろうって思った」

痛いほど降りしきる
豪雨を泣きながら
駆け抜けていくような


止まったらそのまま
立てなくなっちゃうから
走るしかない
というような

そんな
“どしゃぶり長距離ランナー”の女がいた

パッションという
火のしぶきに突き動かされた有意の人が
鱗粉を放って街を往く

そのよい匂いのする微光に
近づきたくて

正拳突きでガラス戸を破ったら
Tシャツの裾は掴めたのに
肝心の手が破片だらけになっちゃって
そのまま女神に置いていかれた



大きな雨粒が
矢のごとく降り注ぐ
赤さびと銀色の夜に

せっかく閉めたはずの
雨戸と窓を
もう一度
開け放ってしまった

新鮮な雨音と
放射性物質を含む風が
湯上りの耳元を過ぎていく


雨は豊かに降っていた
街頭に照らされたアスファルトの上は
溢れるように波紋が踊る

爽快なまでの降りっぷりに
あきれ、ちょっと笑ってしまって

こんななかを
あの女は走っていたのかと
ふいに泣けてくる




ぐしゃぐしゃに
畳まれた羽を広げるために

時おり
開けた空間に出る必要があった


東京駅を深海ダイバーのように
根気良くもぐって
京葉線

今度は古い潜水艦で一気に浮上するごとく
海辺を目指す


程なく運河の張り巡らされた
倉庫の町並みが見え、


いよいよ女は
窓硝子の奥に目を凝らす


その先に、女が解き放たれる光景があった


砕ける波のエクスタシーはない
脳天がクラクラするような
白く泡立ち満ちてくる青い海水もない

それでも
そこは海はだった

海と空をまっぷたつに分ける
残酷で美しい
水平線見える場所だった

ひとりで八方破れの
羽をを右へ動かしたり
左へ動かしたりしているうちに

汚れた東京湾は
あっけなく暮色にしずんでいく

触れかけるポエジーの尻尾を
つかんだり、ブンブン振り回したりして
気づけば
隣り、シンデレラ城に花火が打ち上がったのだ


パノプティコンと監視カメラの夢の国
右側からは、美しくライトアップされた
巨大なダリアが
色とりどりのネオンを、アクアドームに
映していた

海風が頬を撫でた



女はひとりぼっちだった



炸裂する火薬の玉の音が
鼓膜を次々に叩いていく


からっぽのディストピア

女は堪らなくなって、走って
逃げた

可哀想なくらい走った


どしゃぶり長距離ランナーには
すがれるものは
情熱だけだった

虚無がつねに情熱の裏側に
ピッタリ張り付いていることに
あるいはその逆があることも

女は気づかなかった

そして情熱だけを抱いたまま
すっころんで

一つの季節が終わった


le mercredi 31 aout 2011








自由詩 どしゃぶり長距離ランナー Copyright 麦穂の海 2011-09-01 02:37:22
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