帰れない
春日線香
押入れに入れられて
もうずいぶん長くなる
ときどき遊びに来るねずみに
爪をかじらせてやったり
みかんを潰したりしているうちに
骨の浮いた老婆になってしまった
これではいけないと思う
これではいけないと思うので
押入れを出て
近くの池に泳ぎに行く
体を清めるついでに
親戚まわりなどしてみる
ひさしぶりに会う叔父や叔母が
すっかり生きているようではなくて
長い時間が過ぎたのだ
戦争が五つも六つも過ぎたのだ
ということが卒然と理解されて
まことにおそろしくなる
裾をからげて家に帰る
でも家はない
家はもうどこにもない
戦争が五つも六つも過ぎる間に
燃えてしまったのだ
長い長い時間が過ぎたのだ
女の子が老婆になるほどの時間が