灰色の大地の下で
wako

     ?

百年の時が流れても
緑におおわれる事のない
荒れ果てた灰色の大地
小石まじりの砂が
地表に渦を巻いていく
叩きつける雨
照りつける太陽
数え切れない夜と昼が
淡々と通り過ぎていった
二度と命が芽吹くことのない大地

一瞬にして埋もれた街
目印に心に刻んだ欅の木
あの日のままに
あの場所に
枯れ木になって
わずかに地表に突き出して

無意識のすき間に
いつの間にか忍び込む
蜃気楼の様にゆらぐ
埋もれた街が
日に日に存在を主張する
記憶の底に沈んだはずのあの街を
危うく彷徨いそうになる

確かめなければいけない
この大地の下に何があるのか
荒地に突き出た棒切れ
風に揺れる程に頼りなく
朽ち果てるのも時間の問題
永遠の時に埋もれる前に
確かめなければいけない
この灰色の大地の下で何があったのか

     ?

ある日意を決して
片手でそっと灰色の土をすくった
ひとすくい
ふたすくい
掘り進む
目印の欅の棒切れは
堂々たる巨木のてっぺん
大通りの街路樹
「けやき通り」

徐々に街が姿を現す
不気味に静まり返った街を
痕跡を求めて彷徨う
記憶で吹き込んだ命は
一瞬の輝きを見せ
木の葉はざわめき
水面は輝き
雲が流れる

広大な庭を横切って
橋を渡って
お城を抜けて
南へ歩く

廃墟となったモノクロームの街は
何も語りかけてはこない
すべての生命が途絶えて
あの日で

     ?

廃墟の街をあてもなく歩く
相生橋を渡って
欅通りを北へ歩く
協会を通り過ぎた頃
かすかに聞こえるピアノの調べ
懐かしさのあまり
音に引き寄せられていく
あれは確か
メンデルスゾーンの春の歌
無意識に指が動く
音の源をたどって
螺旋階段を上がる
立ち止まって耳を澄ませ
またゆっくりと上がる
三階の手前のドアに違いない
そっと開く
楽譜から目も離さずに
懸命に弾き続ける後姿
じっと聴き入る

  窓の外には
  欅の枝がおおいかぶさり
  まるで森の中
  体を揺らせて
  頭で拍子をとって
  弾き続ける
  テーブルの上にはマヤコフスキー詩集
  花瓶のラナンキュラスが震え
  ピアノの調べがまとわりつく
  木漏れ日が壁を走り
  夕刻を告げている
  この部屋は生きている

耳もとで呼ばれた気がした
凍りついて動けない
衝動的に花瓶をつかんで
力いっぱい振り下ろした
ラナンキュラスが床に散らばり
ピアノの音が途切れる

振り返らずに走った
人ひとり殺すなど
ここでは簡単な事
土をかぶせて完全犯罪
欅の木は完全に埋めてしまった
この下で何があったか
もう誰にも解からない

返り血をぬぐって日々を生きる
なぜだかもう春の歌は弾けない
ラナンキュラスを正視できない
時々後頭部がズキリと痛むが
気のせいかも知れない


自由詩 灰色の大地の下で Copyright wako 2011-08-26 11:51:59
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