天の川を踏みながら
長押 新
夜の国分町の道路は汚くて/ヒールを履かないと歩けない/アルコホールより/香水の匂いがしている/香水よりもタバコの匂いがしている/前を歩く人を/見失うような道ではないのに/◆/◆/◆/黒い点になって/飲み過ぎた大学生の奇声に/唾を吐いている/笑い声が金平糖のようにチカチカ弾けて散らばっている/調子に乗った未成年の/奇声/その金平糖を潰して歩く男の足跡が/天の川に見える/天の川をヒールで歩く/隔てられながら/歩いて行く/お前ら/そんなに騒ぐと此処に閉じ込めちまうぞ/どうせ/木の体で出来ているんだから/心は/別なんだから/大学生の尻に蒙古斑が見えて/ふくよかな心が/萎んでしまう/
▼なんで/ここに/いんのさ?
▲それは/落ちてきたから/だよ
▲あなたは/なんでここに/いるのさ?
▼それは/お前と同じで/拾ってもらったからだよ
▲ふうん/落ちていたの?
▼落ちているところ/だったのさ
ある日/私の目に映った黒い点の中/軽蔑の眼差しの深いところでは/点にも成らない点が蠢いていた/私の瞳/目の球の大きさしかなかった黒い点の/小さな点の中に/こんなに広い世界があって/吐かれた唾を踏みながら/うようよと歩いている/此処は本当に不思議なところで/私が泣いていたようには/誰も泣いていない/立町の古いラブホテルから聞こえる喘ぎ声が/似たような抑揚を孕むのは/似たような抑揚を聞き分ける私の耳のせいだ/待ち合わせです/あっ星合わせともいうのかもしれない/待ち合わせのコンビニでは/▼/▲/トイレのマークが消えかかっていた/点の中で/服を脱ぐ女の子たちの写真を撮る/仕事用のカメラは高級で/指紋の跡が気になった/此処から見える/あのラブホテルでは/昔女の子が刺されたから/今では普通のカップルがいなくなって/湿った埃の匂いがするくらい/安っぽいベッドがあるだけなんだよ/ようこちゃん/白/いずみちゃん/青/みきちゃん/空/まなみちゃん/黒/ちなつちゃん/黄/ひとみちゃん/赤/ゆうみちゃん/紫/あやちゃん/桃/まりかちゃん/白/みなみちゃん/黄/ちひろちゃん/青/ゆいちゃん/桃/こころちゃん/白/めぐみちゃん/赤/しょうこちゃん/黒/はるかちゃん/白/りょうちゃん/青/けいちゃん/紫/かなちゃん/空/身体だけで/女の子の名前が分かる/下着の色も覚えている/▼/▼/▼/金平糖が零れる/黒い髪の大学生が/扉の内側に入ってくる/赤かったり青かったりしない顔の色/彼女の写真を撮りながら/顔を塗り潰している/●/●/●/その女の子がイソジンでうがいするのを黙って見つめながら/足りないのは頭なのか/金なのか考えていた/そのまま/そのまま/そのまま/目をつぶっていても/いいんだよ/本当だよ/目をつぶっていても/死んだりなんかしないよ/可愛い顔をしていて/抱きしめてみたい/抱きしめ方が分からないから/指先で触れてみると/なんだ/柔らかい/なんだ/温かい/あんまり綺麗だから/キスくらいしてもらいたくなる/そうして/私と彼女の子供が産まれたら/苦笑いしたい/どちらが孕むのかしら/半分ずつ孕めるのなら/産んでもいいよ/頬を押していた指で/シャッターを押す/●/●/●/あのね/鼻の形の悪い女だけは/優しくして貰えないんだよ/顔が悪いから/心の中なんて/知ることが出来ないし/鼻は目のように動かないから/余計に分からなくなる/昼間に/レンズを覗くと/夜中より/肌の奥の方まで見える/たまに肌が透けて/シーツの皺だけが/笑っている/そういう時はレンズを覗かずにシャッターを押す/震えていた指が/しっかりとし始めている/眩しかったから/怖くなんてなかったのに/フラッシュが/私の胸を焼いたりし始める/怖いのは気のせいじゃない/まあそれでもいいのかな/しばらくはいいのかな/若いうちはいいのかな/私から私の匂いがしているうちはいいのかな/此処は本当に不思議なところで/私が泣いていたようには/誰も泣いていない/だから/帰れないのかな/24個の角が/砕かれて/さらさらとコンクリートの凹凸に埋まる/月のように喘ぐ肌の/毛穴が開いて/その穴から次々と嘔吐していても/客はそれを丁寧に舐める/絶頂から/落ちてきた女の子/基盤がないから/沈んだり浮かんだりしなかったのに/地球には地面があった/そこで/何人かが/消えた/空には関係ないのだけれど/弾けて消えた/シャワーを浴びすぎていて/風邪を引いている/何の匂いもしない女の子/やだ/やだやだ/神様はいるから/信じられないけど/信じているのに/今に翼が生えて優しい気持ちになれる/それでもまだ眠っている/目覚めたころに/私は生きているだろうか/そうだ/今から祈ろう/乳房を舐める舌が/青くて/やっぱり悪魔はいるのだわ/と思っていたら/男があたしの事を悪魔だって言う/ねえあたしは悪魔かな/と擦り寄って来たゆめちゃんに/私は煙草を一本あげた/もっと良い祈りの仕方があるかもしれないけれど/ほかの祈り方を探さずに煙草に火をつける/ゆめちゃんは/天使だと思う/そうして二人で/笑った/心臓のようにドクドク笑った/此処では/誰も泣いていないんだ/誰も/泣いていないんだ/淋しそうな瞳を持たない/震えるような声も出さない/此処からは/黒い点が見えない/中にいるから/やっぱり/此処は中だ/世界の/或いは星の内側なんだ/それなのに/どんどん美しくなっていくのを見て/吐き気がする/本当は誰も彼もが死んでいて/それでも此処は/誰かの瞳の中に黒い点として/彦星である/それから織姫でもある/それなのに/彼女に服を着せたのは誰だ/服を着せたら/流れ星のように/消えていくんだから/空を見上げたら/流れている/足の裏に/名前を書かれた女の子たち/何処にだって行ける/降り注がれる/星を見つけるのも/星を捕まえるのも簡単だった/清潔な顔をして落ちているのを拾うだけだから/簡単だった/ゆめちゃんごめんね/私のほうがまだ天使に近いのかも知れない/
▼まただ/また/落ちてきた/
▲今月は/いっぱい/降ってくるね/
▲何処に落ちたのかな/私/或いはあなたみたいに/
▼落ちているところだった/落ちてはいない/
▲じゃあ/帰るところが/ないのね
夜の街の/飛び出した金平糖になって/私の煙草を吸う男の顔を殴った/痺れた拳に驚く/男の頬が真っ赤に膨れ上がり/瞳が大きく開かれた/黒い点が見える/◆/◆/◆/道路で揉み消した吸い殻を拾いあげてポケットの中に仕舞う/金平糖を踏んで歩く男の/瞳/その中にある黒い点/あっ/やっと帰れる/片隅には/天の川が流れて/七夕飾りが揺れる/