或男の家
長押 新


赤紙が家に貼られている
眇の老人が萎れた体を斜めに
ぽつねんと家を見詰めていた
少し離れた泥溜に立って
観察する事にした
男は死んだ祖父に似ていて
木から彫り起こしたかの様な
固く艶やかな頬を持っていた
私は一度は沈んだ品々を
捜し歩いた後だから
手が塞がってしまって
鼻が掛けない
松が着ていたジャンパーから
砂が零れる
ようやっと拾いあげた私の
ジャンパーは
海水とヤニでべとついて
黒く汚れているのが血に見えた
ぎゃっと声を出すと
私を見た男が苦笑を洩らして
其家の前を離れた
其れをただじっと見詰めていた


2011年4月8日


自由詩 或男の家 Copyright 長押 新 2011-08-09 18:57:18
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