いつのまにか八月がそこ。
榊 慧




「茄子のおひたしってやっぱショウガ醤油にかぎるな。」
「うん」
「ショウガって偉大だな。」
「うん」
「俺、さっきバームクーヘン食べちゃってさあ、なんか収まり悪い」
「トー、」
「何?」
「カルトンケース、これと一緒の欲しいんだけど」
どこに売ってる?
と、僕は聞いた。トーは冷蔵庫から枝豆を出す。
「これ?」
うん。
「貰いものだから知らない。枝豆食おうや」
「おう」
トーのカルトンケースはよく見る黒色のやつではなかった。既製品のそれはカーキ色に茶色の取っ手でその少し珍しいところがいいなと思った。つまり欲しい。
塩茹でして冷やした枝豆はザルに入れられて、僕たちは中身を食べたあとの枝豆のさやをザルの下の受け皿に押し込んでいく。トーは食べるときは何にしてもそうだが、ペースが速い。
「速いよトー。」
「作ろうって思ってたんだよ、」
え?
カルトンケース。ケースってか、カルトン入れるカバン?
「でもなんか時間もなかったしあったかもしんないけど精神的にそんな時間は作れなくてさあ、ずっとむきだしのままだったんだよね。カルトンケース、画材店で見たら結構な値段もしたから適当な布でカバン作ろうって思ってたんだけど、やっぱむきだしのままでさ」
死にたい死にたいとか毎日思ってたやつにそんな余裕ないもんね。
だからまあ、とにかくいつか作らないとなあとか思っててずっとむきだしで置いてたり運んだりだったんだよ。
「俺が見たことあるカルトンケースっていうやつはぜんぶ黒くって、で、これ黒くないじゃん?」
「だから僕もいいなって、ていうか真似しようかと、」
「教えれるなら教えたいんだけど、でもこれ十七のときに貰ったやつだからわかんないんだよ。」
「十七?」
「高校を高二の終わりに辞めて、そんで高認試験目前に控えた夏、七月の終わりくらいだったかな、」
「…使用期間長いね。」
「筆箱よりは短い」
だってこれ小五から使ってる。へー。
鉛筆はずっとステッドラーなんだ。へー。そのとき先生はみんなユニで指導してたんだけどなんか俺だけ全部ステッドラー。へー。
枝豆はもうあらかたザルの中にはない。
「そういやさ、」
「ん、」
「十七のカルトンケース貰ったあとの七月の終わりくらいに俺ふと決めたんだけど」
「んん、」
「独身貴族ってやつ?に絶対なろうって。」
「ん、へー、」
「で俺誕生日が一月三日だから会社とか勤めても多分三が日休みだろうし、元旦から三日間使ってでも年の数だけワインだか焼酎だかシャンパンだかあけようって」
「何を?」
「瓶。」
「多くない?」
「何が?」
「酒量」
「かもね。まあ正月でもあるし。」
「十七から結婚したくないとか思ってたの?」
「それよりもっと前から絶対したくなかった」
「へー。」
「独身貴族カンパーイてやりたいしね。するけど」
「へー。するの」
飲みきれなかったら暇な友人呼ぶ。そう言って枝豆の中身のないさやを生ゴミとして処理しに行った。そしてまた新たに冷蔵庫からさっきと同じように塩茹でした枝豆を出した。
「まあ食おう。あんときも死にたかったなひたすら。」
へー。


散文(批評随筆小説等) いつのまにか八月がそこ。 Copyright 榊 慧 2011-07-28 20:07:20
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