煙に巻く
三原千尋

たばこ好きの女が
たばこ嫌いの人達に
よく言われる台詞

「生まれてくる子供に悪いよ」

そうか
そうだったのか
わたしの身体は未来の誰かの物でもあって
今こうしてだらだら生きているだけのわたしにも
逃れようもなく
未来は
やってくるんだ

わたしの無為なうさ晴らしが
他の誰かの人生を
ひどく損なうということ

「そんな毒の固まり吸って」
「オンナノコなんだから、からだだいじに」

「奇形児産まれたらどうするの?」

むしろそうなってしまえ、と
お前のような女は
罪と命との重荷を投げつけられて
生涯我々のような真っ当なにんげんに
罵られ
蔑まれ
正義感という名のコンドームにくるまれた悪意を排泄する
公衆便所として生きるがいいと
お前の歪んだ笑顔が語った気がした

子供なんか産まないのに
産む予定も希望も見込みもないのに
勝手に私の人生決めるな
非実在の赤ん坊を人質に取ってまでお前の言いたいことは要するに
「臭い」とか「けむい」とか「マナー最悪だな」ってことだろ
最初からそうやって言えばいい
なぜ主観を入れて話さない
自分を主語にして話せない
お前の思想はインポテンツか
その偽善者の文法がクソむかつくんだよ

という想いを灰皿にきゅっと押しつけて
お前の心情を慎重に推し量りながら
オレンジ色の残り火をゆっくりとほぐしてゆく

煙をたぐり寄せ命綱とするわたし
煙を浴びると死んでしまうお前
善悪は置いておくとして
同じ世界に存在してしまうのだから
だからこそ
善悪も正義も置いておこう
だってゆるせるやゆるせないは
しんじられるやしんじられないは
すきやきらいと
どうちがうの
それを善悪とすり替えてしまったらわたしたちは
たちまちあやまちを犯してしまう
かずかずの民族が国が宗教が
互いに犯し続けてきたあの悲しいあやまちを

しかしながら臭かったりけむかったり迷惑だったりするのは
全面的に私であるからして
わたしはお前の呼吸の領土を守るべく慎重に遠ざかった後
もうもうと分厚い煙幕を張って
身を隠し
身を守る
仮にこのままわたしが逃げるように生きて豚のように死んだとしても
断りもなしに憐れまないで欲しい
だってそうだろ
わたしはお前に断りもなく
火を付けたりなどしなかったのだから


自由詩 煙に巻く Copyright 三原千尋 2011-07-11 18:11:55
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