よく訓練されたウエイター
はるな

なんでも持っているひとっていいよね。
と、友人が言うので、
たしかにそうかもしれないけど、なんでも持っているひとを見たことがない。
と、返した。そうしたら、
あなたは、なんでも持っているじゃない。
と、友人は言って、からから氷をまわした。
わたしは、この話はあまり続けたくなかったので、
そうかな。
と、言って、新しいグラスのために、ウエイターを呼んだ。
すぐにウエイターが来て、そして注文をとるとすぐに去っていく。
よく訓練された、清潔そうなウエイターで、好もしい。
短く刈った髪をディップでさらに撫で付けていて、わずかに男の匂いがする。
あなたは、なんでも持っているじゃない。
友人は、再度言った。
持っていないものもあるわ。
わたしは、そう言ったが、
容姿も才能も、家柄も整っているわ。
と、彼女は食ってかかるように言うと、重ねて、
それって、いいわよ。
と言った。
それはそうかもしれないけれど、それはわたしの持ち物ではない、と、思ったけど、
わたしは言わなかった。
わたしは、もっと重要なものを持っているし、
それに、もっと重要なものを、持っていないのに、
友人にとって、それは些細なことなのだ。
ようするに、
友人の言う「なんでも」とは、
容姿と才能と家柄のことなのだ。と、わたしは、理解したので、
あなたは、すばらしい頭脳と、えくぼを持っているよ。
と、言った。
友人は、ちょっと顔をあげて、また目線を下げた。
それから、ぐるりとのどを鳴らしてグラスを傾けて、
どことなくうれしそうに笑って、でも、
そんなことない。わたしなんて。
と、言った。
わたしは、もう少しだ、と思ったので、
あなたは、身体の線もとってもきれいだし、会話だって滑らかだし、あなたの恋人がうらやましいくらい。
と、言った。
友人は、いよいようれしそうにして、指をとんとんと鳴らし始めた。
と思ったとたんに、顔を崩して、
わたし、振られたの、彼に新しい彼女、なんでも持っている人なの。
と、泣いていた。

彼女は、(わたしたちは)、なぜいつもこんなに遠回りをしなければならないのだろう?
どうして、言いたいこともわからずに、クッキーをかじりとる鼠のような注意深さで、回り道をしなければならないのだろう?
ウエイターは、こちらをみて、店内の照明をすこし暗くして、音楽のボリュームをわずかに上げた。たぶん、彼女のしくしく言う声と、真っ黒になった目の周りがほかの客にわからないように。
わたしは、かなしむ友人の目の前で、今夜どうやってあのウエイターを誘おうか、考えている。


自由詩 よく訓練されたウエイター Copyright はるな 2011-07-05 18:44:45
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