木々の家々
長押 新


あなたではない、友達がいます。
そんな当たり前のことを口にすると、彼は手の平でわたしを見るかのようにそっと近づけて、近づけた手の平をそっと引っ込めました。誰でもそんなことを言われたら、さみしくなるでしょう。わたしにはわかりきっていましたが、どうしても彼がしきりにわたしを知りたがることに、うんざりしていたのです。うんざりしていたという言い方はまた、わたし自身にもかなしみを落とします。
それだけやっかいな程、わたしと彼とには年月が流れていたのです。一体全体、何年もの間にひとつの契約も交わさずに、そばにいるということがどうしてできるのでしょうか。実を言うと以前にはわたしたちの間にも契約があったのかもしれません。にもかかわらず、わたしたちは今はじめて契約を交わすかのような、静けさの中にいました。それであなたに、友達というのが他にいるのは、皆さんが知っている事実でしょう。今朝なんか、あなたが生まれてから四ヶ月ばかり過ぎて、こちらに生まれて来た、あなたが決まって、四ヶ月の待ち人と、呼んでいる女性に挨拶をしたところなんです。彼は、自らと、わたしが引き起こした、静寂に、取り付かれないようにと、いつもより早口で喋るのでした。わたしは下を向いていました。本当に伝えたいことを、小鳥の飛ぶように話すのは、真実のところ、このように幾多の木々に小鳥を休ませねばなりません。そのうち休んでいた小鳥の方が、木々で、遊んでみたり、隠れてみたり、はじめるのです。わたしたちは、その小鳥を追うように、歩きはじめました。考えもなしに、向いている方向に、足を動かしながら、並んでみたり、わたしが後ろになったりと、角を何度か曲がり、同じ道を通っていました。向いている方向が、前なのですから、至極まっとうに歩いていたわけです。いつの間にか、他愛のない、話がはじまりました。時にそれは退屈な夕食の話であったり、森の小さな井戸の噺でもありました。わたしが、一際、耳を傾けていたのは、やはり、もっとも広い、草原の匂いのする、お話です。ついつい、互いに、よもや世界中の話をするに至る時です。彼は、足を、ゆっくりと、緩めました。指をとんとん、とわたしは、何か言いたげに、右の角を見つめていた時です。そして、口を、開いたのでした。
そんなことよりも、今は、三月ですから、時間で言うと、まだ、夜明けです。
言われてみれば、確かに、そうなのです。歩いている間に、誰にも、会わなかったのも、そういうことでしょう。わたしたちは、まだ、おやすみ、おやすみ、と言って別れました。それから、それぞれ、家の門をくぐり、おはよう、おはよう、と、ドアを開けて、誰ひとり、起こさないように、ドアを閉めるのでした。小鳥が、やっと、巣の中に、戻っていました。


自由詩 木々の家々 Copyright 長押 新 2011-06-30 15:09:36
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