salco

 姪

七月まで腹の皮一枚隔てた彼岸におり
去年生まれた赤ん坊が
今年はそろそろ歩き始めて靴が要る
靴!
おお、八時間の惰眠と十六時間の覚醒とを
等価交換でちり紙交換に出してしまった
オトナの私のこの一年
あたらドブに捨てて来た三百六十五日
顧みれば
一歳児の長足的進歩の万分の一にも満たない
ああ、何もなし、何もなし!
自分の作った物でもない音楽を聴き
惰性の安楽と情交の逸楽に年令を売り渡し
耳上の奥に生えた白髪を
指で弄んでいるだけの昼下がり

ああ、赤ん坊よ、伯母さんは
ああ、世界中の赤ん坊よ、オバサンは
お前やお前達にはなーんにもしてあげられない
けれどお前達の余りにもユートピア的な
執行猶予付き幸福の有り様を
指をくわえて傍観しつつ
全開の、だらけ切った肛門から
脳神経細胞と若さを垂れ流しにして
実はオムツも取れない廃人モドキだ
かすんだ大脳とたるんだ身体をして
腐った野心を後生大事に握りしめ
無為徒食のコンクリートにどっぷり首まで浸かって
青空の下、存在せぬ者として最早在るのだよ
靴は何十足と持っているけれど
何処へもまだ到達した事がない
足は太いのを二本持っているけれど
一度とて、まだ立った事すらないのさ




 百獣の王

例えば今、この私が弟夫婦の連れて来る姪と遊ぶように
この、太陽の化身か又は最も誉むべき生命体であるかのような
恐るべき進化速度と無尽のエネルギーを発散している二歳半の小さな娘を
抱き上げ抱き下ろし、嬌声を上げて笑い転げさせながらも、私は
常にこうして
妬みにも似た戸惑いと絶望的な疎外感を以って接しなければ
最早ならない
最早、いや、とうに
何故なら彼女こそがライオンの王様であり
何故なら私はとうに駄猫ですらないからだ
まばゆい王冠はこの綿毛に包まれた柔らかな頭に輝き
雄々しいガウンは仔犬の腹をした熱っぽい体を包んでいる
だから私は執事に過ぎない
不様な乳房をぶら下げた乳母に過ぎない
恨みがましい上目遣いの召使いの一人に過ぎない
私は最早笑わない
決してこんな風には笑わない
(まるでどこかで改造人間になったかのようだ)
私ははしゃぐ事が出来ない
切断された腕の先に義手を着けているかのように
それは機能的に不可能なのだ
だから私は遊べない
本当の笑い、本当の喜び、真新しい幸福
そんなものはとうに別物とすり替っている
現役引退というのはつらいものだ
自分が一体いつそれをしたのかも憶えておらず
忘れ果てた心の裏側に幻の王墓が在るとしても
二度とライオンの王様ではないのだ
二度とキリストの膝上の者ではない


自由詩Copyright salco 2011-06-19 10:34:57
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