午後の雨脚
たま

この街に雨なんていらなかったはずなのに
梅雨が来たからってだれひとり喜ぶ術もなかったのに


転ぶようにして降りる戸越公園駅のみじかいホームは
いつも苦手だった
ドアカットがなかったころの四両編成の車両を思い出
しては苦笑いする

 歳かもしれないな・・  なんて

いつもは殺風景なマンションの自転車置き場に
雨にぬれて小鳥のようにかがやく紫陽花をみつけた
雨傘で身をかくして
一輪手折った


雨にぬれて紫陽花の花は重い
ぬれたままの一輪をHの雑多な部屋に活けた

 雨の日の紫陽花ってきれいだね
 ふぅーん、好きなの?

 意外そうな顔をしてHが聞き返す

 うん、好きだよ
 あたしみたいだから?

 ん・・。どこが?

 あー、なによぉ。わからないの?
 ごめん、教えて・・

午後の雨脚が強くなってキッチンの灯りだけをともす
せまい部屋はそれで十分だった
乾きはじめた紫陽花のちいさな花芯がひとつ汗ばんだ
テーブルに落ちていた

今日のHはなぜかからだが重い

 疲れてる?
 ちょっとね

 仕事か?
 うーん、でもないかな

 もうすぐ生理だから

めずらしく嘘をつくHのくちびるをふさいでそのまま
重いからだを抱き起こす
軋むベッド
ここから先は嘘はいらない

 ベッドのうえで嘘ついたら、殺すわよ

たったひとつ、Hと交わした約束だった


 紫陽花ってあたしみたいに複雑なんだと思う
 乾いていたら傷だらけになっちゃうの

 だから、いつもぬれていたいの


いつか雨はやむかもしれない
ぬれたままのHを手折ったのはわたしだったから
今はこうして傷ついた花芯に舌をからめていよう

この街の片すみで
四季をなくしたふたりの季節が通りすぎるまで











自由詩 午後の雨脚 Copyright たま 2011-06-17 16:01:22
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