深夜、食パン3枚
橘あまね
夜中にひとり食パンをかじる
バターをつけないで
ジャムをつけないで
電気もつけない
冷蔵庫の前にしゃがんで
はみはみ
虫みたいに食べる
どこか外国から船に乗せられて
海をこえてきた小麦たちは
潮の香りがしみついて
夜中の涙と同じ味がする
長い長い旅をして
小麦たちはふるさとを忘れた
おなかがへったから食べる
でもほんとうはおなかはへっていない
からっぽの胸がよどみを求めて
欲張りなひな鳥みたいに
きゅ、きゅう、と鳴くから
パンを入れてやる
するとしばらく静かになる
ぼくは真夜中の孤独をうずめようとして
遠い外国の
うすめられた土の恵みを摂取するけれど
充ちたのはあらかじめ充ちていたおなか
空っぽの胸には
トラクターの排気が残ったから
ベランダに出て
下手な口笛をふく
汽笛をよそおって
小麦たちを
帰りの船にのせよう