薄暮(序)
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青い顔をした老人は
路地裏を杖をついて歩いていた。
どこからか漏れてきた白い蒸気が
路地全体を雨上がりの草叢のように
湿らせている。
 
白と茶のまだら猫が
前を駆け抜けていった。
人の気配はない。
この辺りにも、以前はひと気があったのに
随分さびれてしまった。
曇り空を見上げると、
のしかかってきた鈍色の運命の重さに
背骨を潰されそうになった。

部屋に戻ると暗くなった部屋が
自動灯で白く照らし出された。
今の蛍光灯はあまりにも明るすぎた。
もっと温かみのある電熱灯のような
やさしい暖色のものに変えてもらおうか。
この白に照らされると余計に疲れる。
安らぎたいのに、
体力を奪われてゆく気がする。

コンピュータの前に座り、
マウスに触れると
モニタの電源がともり、
明るい声でメイドが迎えてくれた。

「おかえりなさいませ。今日の夕食は何にいたしましょう? 」
彼はあまり空腹ではなかった。
何かしらが胃に潜んでいて、
停留しているような、
そんな重さを感じていた。

「あまり重くない、消化のよい、和食がいい」
とだけ伝えると、
モニタにメニューが三次元の像として
現れた。

ほうれんそうのおひたし、
湯豆腐、空豆の甘辛煮、白菜とえのきの味噌汁、
高菜の漬物。

「いかがでしょうか? 」
若い女の声のメイドが言う。
老人は眉を動かすこともなく
「それでいい」
と答え、席を立ち、風呂場へ向かった。


自由詩 薄暮(序) Copyright within 2011-05-13 21:41:02
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