もしくは祈りに似た何か
はるな


眠る、それは祈りだ、もしくは祈りに似たなにか
新しいソファー、白い合皮のソファー、ふたりがけのソファー、わたしたちのソファー、わたしたちの部屋にあるソファー、わたしたちの生活に調和するソファー、眠りの下のソファー、背中を支えてソファー、いくつものソファーの中から選ばれてここにあるひとつのソファー、どっしりとして適度に張りのあるソファー、見知らぬ男性が二人掛かりでこの部屋に運び入れたソファー
ソファーの上で爪を塗る、人工的な茶色に染められた爪、爪を染める人工的な茶色、小さなガラスに閉じ込められた茶色、茶色を閉じ込めた小さなガラス、薔薇とシンナーの香りのする茶色、茶色は薔薇とシンナーの香りがする、薔薇とシンナーの香りの消えた茶色い爪を置くわたしのしたの白いソファー
ちりちりと音がして今日と昨日が入れ替わる、その境目にわたしは思い出す、唐突に、ゆっくりと、舐めるように、または祈りのように
昨日は今日ではなく明日でもなく今日は昨日ではないことは確かだけれどそれはいつの間にここへやって来て人々に左右されることなくどこかへ去っていく、やって来て、去っていく、それはいつもそうだ、大きなものに流されるように、やって来て、去っていく
日々を証明することは非常に困難だ、それはたとえば、このちいさなガラスをちいさなガラスだと証明するために、その周りにあるものをひとつずつ、それとは違うものだと証明することに似ている、非常に膨大で、気が遠くなる作業だが、わたしたちはそれをせねばなるまい、いつかはやり遂げなくてはならないのだ、あるいは、いつまでたってもやり遂げられないままで、それは漠然とそれなのだと、言い張るしかない

おそらく言葉とはそういう役割のために産まれたのだ、それがそれであるということを、わたしたちはいつだって証明しえない、この白いソファーが、この白いソファーであるということを、その白いソファー以外のものをすべて述べてゆくことでしか証明しえない、わたしたちは、そもそものはじめから齟齬のうえにいるのだ、最初から何もかもは成り立ってはいないのだ、そのことを承知してから、言葉というものの使用をはじめよう

眠り、もしくは祈りに似た何かについて、人々に共感を強請ろうと、思ってはみるものの、祈りは、まったく得体の知れないものであって、ほとんどすべての人々が、何かに祈ったりしつつも、実はそれは一つ一つまったく別物である、ということは、皆、うっすら知っているだろう、そうしてそれは、一つ一つが、間違いではないことは、わたしが恐れずに言うならば、一つ一つが正しいことであるということも、だいたい皆承知しているのだ
そこに、わたしは、言葉の尊さをみるよ
それは、もしかしたら、祈りの尊さなのかもしれないけどね
だから、今日は、言葉もしくは祈りの尊さについてや、眠り、もしくは祈りに似た何かについて、これ以上言及するのは、やめにしようかな、だって、それは、達成されてしまった気がしている、新品のソファー、ソファーの上の爪、爪に塗られた茶色と、薔薇とシンナーの香りのする茶色が入ったちいさなガラス、そういうものすべては、わたしの眠り、もしくは祈りに似た何かに関係していて、他者の祈りを掘り起こすには、そういうものすべてを表記しないと、失礼ではないかと思うし、その前に、その膨大な作業の前に立ち尽くすわたしの爪の茶色からは薔薇とシンナーの香りがするだろう、それを、わたしは尊さというけれども、あなたたちが、野蛮なことと言っても、やっぱりそれは、間違ったことではないんだろうね。



散文(批評随筆小説等) もしくは祈りに似た何か Copyright はるな 2011-04-20 00:21:17
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