揺れるひと
恋月 ぴの
水面を見上げると
ちいさなおんなの子の顔
こちらの様子が気になってしかたないのか
大きくなったり小さくなったり
*
わたしだけの世界
酒屋さんの軒先に置かれた古い火鉢
最初は他にも仲間いたけど
カラスに狙われたり
狂ったような嵐の晩に火鉢の外へと流されていった
金魚藻とホテイアオイ
火鉢の底には竜宮城のおもちゃらしきもの
ひらひらとゆれる尾びれ
たしかに自由気ままではあるけれど
その日暮らし
かりそめの自由ってこともある
いつ野良猫に襲われてしまうのかも知れないし
酒屋の店主に火鉢ごと片付けられてしまうかも知れない
それでも
ここはわたしだけの世界
桜の季節には
舞い散る薄桃色に水面は染まる
*
もし人間に戻れるとしたなら
あのひとに逢ってみたい
今では幸せな結婚生活おくってるらしいけど
それでもわたしの好きだったひと
逞しい腕で抱きかかえるように頬ずりしてくれた
情熱的な口づけは甘くて
そして永遠の誓いでもあったはずなのに
*
おんなの子がひとさし指で軽く突くたび
薄桃色の爪の先から波紋は拡がり
金魚藻の茂みに身を隠しながら水面を見上げてみれば
丸く切り取られた青い空
大きく見開いた黒い瞳はゆらゆらゆれる