クロックワーク ポエトリィ/ ****Until dying in’ 05
小野 一縷

見てくれ 秒針と分針が絡み合い
朽ち果てた
世界の果ての大きな滝に立て掛けられた 大時計
ぼくはこんなにも矮小だ
聞いてくれ 鳩時計の断末魔
ロックンロール
血圧の上昇には気をつけろ 入浴はよせ
心臓のバルブが上死点で焼付くぞ
断頭器の振り子式ギロチン
その風切り音の鋭さを
我が秒針に与えよう

「どうですかエセ伯爵 ぼくの自信作は?」
「なっていない」
「エレガントさがない」
「いつも言っているだろう 時計に必要なのは針じゃない エレガントだと」
「針がない時計なんて・・・」
「時計職人の君は所詮 時計に勝ることはできない 
 何せ時計が君のエゴを生活を支えているのだから
 ましてや時間そのものなど 君が相手にできないほど
 遥かに優美 そして悠久なのだ」
「ぼくは甘えたくありません」
「それが甘え」
「逃げたくありません」
「同じく」

「ここを見回してみよ 勇猛果敢だった者は誰もいない
 成すべきを見据える者は留まってはいない
 他言は無用
 秒針の残像 刃紋に浮く蒼き色彩を思い出せ
 時計を作れ 時間を刻め」

エセ伯爵め
ぼくは優しくて美人で こっちの好きな時に
やらせてくれる女の子が欲しかった
こんなクォーツなんて要らない
青い文字盤のロレックスが欲しかった
カッコいいアルファ ロメオが欲しかった
グレコじゃないグレッヂのギターが欲しかった
こんなシガナイ時計職人になんて なりたくなかった
時計なんて嫌いだし
時間なんてのも嫌いだ
ぼくを醜く老いさせる この日々が憎らしい
「エセ伯爵 教えて下さい ぼくはどうすればいいのですか?」

ぼくは手段を選ばない
だけどぼくは時計職人の息子じゃない
雇われの ただの器用貧乏人
さっきから 吐き気が止まらない


「エセ伯爵 ぼくはどうすれば?」
「時計はなくとも 時間は回る」
鳴り止まないロックンロール

水っぽい汗が体温を たらたらと奪う
ゆっくり降りてくればいい 怖がらなくていい
時計の中心に降り立つように
目を回してダイブしろ
ぼくは悲しさが好きだから
皆 ぼくの元を去っていってくれたんだ

「エレガントを忘れるな」
「うるせーよ 分かったよ」

時計を作らないと 時間を作らないと
ぼくのためだけじゃなく 誰とかそれとかのためじゃなく
昼と夜が溶け合うように
波が砂に浸み込むように 雨が地面を叩くように
時計を作らないと 螺子を巻かないと
時間が 目に見える時間が 毎日が止まってしまう
毎日が止まったら 時計職人は用無しだ
毎日を動かすために ぼくが時計を作らなくては




吐いた




自我が こんなに ぼくを守ってくれている
ぼくを手放さないで
深すぎる 終りない同心円 螺旋状の思考から
ぼくを




お願いだ




白いページ 罫線上に 青い文字が ずっと走って
ぼくは
戻ってこれないかもしれない ぼくは
いつも ここに いた 紙の上の染みに なって いた

そうだ 浴槽を洗おう
ぼくが食った 牛や 豚や 鳥や 魚の数
ぼくが殺した虫の数
ぼくが吐き出した精子の数
食欲を性欲を 蓄えながら浴槽を
感謝しながら洗おう 
この体 この欲望を 清潔にしてくれる浴槽を


バスタブに 沈んで 泡を 弾けさせる


瞼を無くした貝が 沈んでゆく底は
内臓と意識を溶かす 遥かなる太古の海
「枠」を外して 広がりつづけるってことは
即ち 死は
永遠にオルガズム

19時間55分
ぼくは何度 果てただろう
全てを あらゆる 全てを 全ての 全てを
ぼくが 決めていた 
戻ってきた今だって そうだ 持続している ここに

ここで 何も怖がらなくていい
だけど それでは
恐れや 不安から 完全に解放される ということは
ぼく という 枠が すぐに 開いてしまう ということ
開かれすぎた ぼくは
あまりにも 無防備だ
体 肉体であることの ぼくという存在は
一つの生命 精神 維持装置としての 自我に 守られている
「ぼくという自我」は 現実に 失望する
「ここ と 向こう」 その感触の違いに

でも 分った
知覚では 捉えられない 領域を
ぼくは 見た そこにいた

「これは死だ」温かかった 優しかった
「これは愛だ」全てを許せた 全てを信じれた
19時間55分
ぼくは 何十回と死に
    何十回と愛し
    何十回と吐いた

ぼくは 今 何度もの今 連続の今 ここにいる
繰り返すことは 虚しいことじゃない
単純に生きているということ それ ただそれだけで
もう いいだろう
どこにも エセ伯爵なんて いないんだ

仕事に行こう
自我という枠が 命を こんなにも守ってくれている
「きみを 今から 許すよ」




ありがとう





時計が12進法で回りだす




ねえ こんな
ぼくの 時間の回し方って 少し変かい?






自由詩 クロックワーク ポエトリィ/ ****Until dying in’ 05 Copyright 小野 一縷 2011-03-26 14:39:24
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