宇宙論とポエジー
ばんざわ くにお

まず、冒頭で今回の東北関東大地震で被災した方々に心よりお見舞い申し上げます。
現代詩フォーラムはメンバー数が大変大きいので、メンバーの方でこの地域にお住まいの
方がいらっしゃるのではと考え、今、色々な状況下に置かれていると思いますが、
健康に留意されて過ごされることをお祈り致します。


標題の宇宙論ですが、昨年9月に講談社からブルーバックシリーズの1冊として
東京大学名誉教授の佐藤勝彦著の「インフレーション宇宙論」という本が
出版されました。宇宙論好きな人であればよくご存知と思いますが、佐藤先生は
インフレーション理論の提唱者の1人です。
この本は佐藤先生が昨年、朝日カルチャーセンター新宿教室で「宇宙の誕生と未来」と
題した全3回の講座をまとめたものです。一般向けに非常に読みやすくわかりやすい
内容となっており、私も最近この本を読みました。以下は改めてインフレーション
宇宙論とポエジー(詩的感覚)の関係について私が考えた内容です。

インフレーション理論とはビッグバン火の玉宇宙ができる前の宇宙を解き明かした
理論で宇宙が無から生まれた10のマイナス36乗秒後頃に真空の相転移によって
発生したエネルギーによって急激な加速度膨張が起こり10のマイナス35乗秒から
マイナス34乗秒のわずかな時間に宇宙は急激に膨張して大きくなったという理論です。
その膨張の規模は10の43乗倍とされ、1ナノメートル(1mの10億分の1)
ほどの宇宙でも、私たちの宇宙(100億光年レベル)よりずっと大きくする
ことができるほどの規模です。

この理論は宇宙の観測結果によって裏づけができており、今や宇宙論の定説となって
います。
佐藤勝彦さん(1945年生まれの現在65歳)はこの理論によってもはやノーベル賞を
受賞してもおかしくないと私は常々思っていました。

この理論からマルチバースというまったく新しい宇宙の姿が浮かび上がってきました。
これは宇宙が急激な膨張をした時、早くにインフレーションを起こして膨張している
場所と、インフレーションをまだ起こしていない場所が混在することによって無数の
子宇宙や孫宇宙が生まれてくるというものです。
マルチバースは従来のユニバース(宇宙)に対して宇宙は1つではなく、多数(無数)
存在するという意味で名づけられたものです。

宇宙論のなかに人間原理という考え方があります。これは宇宙の各種のパラメータ
(定数)を調べてみると各種の値は人間が存在できるために設定されているとしか
思えない値がきわめて高い精度で設定されていることの理由を説明するためのものです。
たとえば、ある種の定数の値が少しでも異なると宇宙で(星の内部で)核融合反応に
よって炭素原子ができなくなり私たち生物の体の構成元素が生成されなくなります。
この他にもいくつものパラメータがほんの少しでも異なると生命体が存在できない
宇宙になってしまい、どうして生命が存在できるような各種のパラメータになって
いるのか確率的にとても説明できず、これを説明しているのが人間原理という考え方です。
人間原理とは「我々は知的生命体が生まれるべき宇宙に住んでいるからそういう値に
なるのだ」という考え方です。
説明になっているようで、なっていないような微妙な主張ではあります。

これをうまく説明しているのが前記のインフレーション理論からうまれたマルチバースの
宇宙です。マルチバースによって無数の宇宙が存在しておりそれぞれの宇宙は
その宇宙ごとにその宇宙固有のパラメータ値をもっているが、宇宙が無数存在するので
その中に生命体が存在できるパラメータ値を持った宇宙が存在してもおかしくなく
我々人間が住んでいるこの宇宙がその宇宙である、という説明です。

確かにこの説明であれば自然な考え方であまり矛盾はありません。
そうすると生命体が存在できると言うことが、地球のように水が存在し、太陽からの
距離がちょうどよい距離に惑星があること、というような狭い範囲の話ではなくなり
全宇宙規模のとてつもなく壮大な話になってきます。
生命が存在できるためには宇宙自体のパラメータ値(=性質)が決まっていたのです。
しかもこのパラメータ値はきわめて狭い範囲の値しか許されず、ある科学者は10の
10の123乗分の1の確率だと冗談で主張する程の気の遠くなるようなほとんど
ゼロの確率です。

以前、私は「私の詩論 第2部 ゲノムとポエジー」において現代の進化論のなかで
主張されている「生物生存機械論」を説明しました。これは進化の主役はゲノム
(遺伝子)で生物はゲノムを未来に運ぶ乗り物にすぎない。ゲノムは生物を乗り継いで
未来に生き延びるという考え方です。
また、このゲノムから指示を受け生かされ続けている生物の一員である人間が
その脳内に自我を形成するようになり、この自我がゲノムと生物の関係をなんとなく
感じとって生きることの憂鬱やむなしさ、淋しさを感じることがポエジー(詩的感覚)
につながっていくというように私は考えていました。

しかし、これらはあくまでも地球上での地球環境と生命の範囲内での考えでしたが、
この佐藤先生のインフレーション宇宙論によって実は地球上の生命の存在は
私達が住んでいるこの宇宙自体の特性であることがわかりました。
私達はこの宇宙のなかの無数の銀河系の1つである「天の川銀河」のなかの
1つの恒星である「太陽」の惑星の1つである「地球」に生まれるべくして生まれて
きた存在だったのです。

私の脳内でポエジーが生物、ゲノムを越えて太陽系、天の川銀河、宇宙全体と
つながっていきました。
宇宙論とポエジーにこのような関係があろうなどと考えてもみなかったことで
ほんのここ数十年間の宇宙論の発展のおかげです。
私はこのような時代に遭遇し、生かされていることにしみじみと感慨を覚えました。
もしかするとポエジーも、ゲノム、生物がこの我々の宇宙において押し出されるような
強い必然性を持って生まれてきたように、生まれるべくしてこの宇宙に生まれてきた
ものなのかも知れません。
つまり、私達が詩作するのも我々の宇宙にとっては必然的なことであり、我々の宇宙の
特性であり、私達は詩作するべくして詩作しているといえるのかなと思いました。


終わり


散文(批評随筆小説等) 宇宙論とポエジー Copyright ばんざわ くにお 2011-03-21 14:56:44
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