Doors close soon after the melody ends
カワグチタケシ
彼や彼らが死んで
しばらく経ってから
君は埋葬する
そして理解する
人は死んでも星になんかならない
人は死んだら死体になる
そして記憶になり
いずれ忘れ去られる
埋葬される者はまだ幸運だ
殺された子供は写真の中で
いつまでも眼を瞑りつづけている
***
地下鉄で隣り合わせた女の子が
電子辞書で「初対面」の意味を引いている
「初対面」の次に引いたのが「憎しみ」
ルカ、ルカ、君が挙げた掌は
行き場をなくして宙を掴んだ
列車は長いトンネルを抜け鉄橋を渡る
陸地とは異なる震動
足元に海が拡がる
イメージのビスがはじけ
鉄橋が崩れる
列車は一両目から海に転落する
ゆっくりと沈みはじめた車両の
ドアの隙間、連結部分の蛇腹の隙間から
縦長に薄い海水が列車の床に流れ込む
海水はくるぶしを濡らし
シートのベルベットを毛羽立たせ
吊革に、やがて車両の天井に達する
手動に切り替えても
ドアは開かない
***
少女の集団が自転車で駆け抜ける
何人かは前髪を気にしている
何人かは携帯電話を握りしめている
何人かは右手に、何人かは左手に
世界とつながる糸を握りしめている
間違って他人の靴を履いてしまった
ときみたいな変な感じが洗い流せない
石鹸を使っても洗い流せないんだ
彼の手袋を借りたときの
羊毛を伝わってくる体温と快い
かすかな湿度を思い出す
***
グレープフルーツの風に誘われて
何百キロも歩いてここまで来たんだ
深夜の改札口で飼い主を見つけた
犬がはげしく尻尾を振って駆け寄っていく
オリオン座を
高い音を出す
楽器に見立てて
冬の道を
踏んでいく
それは
ハープシコード
または
ハープ
タータンチェックのスカートに
アーガイルのソックスが
冬の道を
気高く
踏んでいく
ウイーンから
ブダペストに
嫁いだ
ハプスブルク家の王妃のように
君は思い出す
人は死んでも星になんかならない
人は死んだら死体になる
ある者は火で焼かれ
水蒸気と炭素になる
別の者は土に埋められ
昆虫やバクテリアたちの消化管を通り
土に還る
ある者らは食べやすく刃物で刻まれ
鳥たちの消化管を通り
排泄物になる
残された骨は風に問いかける
そこに愛があったのか、
いまも愛があるのか、と
***
夜空を上昇する
かもめの背中に
雨蛙が乗っている
蘇る変な感じ
太陽を待ちながら
地表の温度が下がっていく
地下鉄の中で
常温の振動に包まれて
君は美しい人を思い出す
その髪は風に揺れている
かつて美しかった
そしていまもおそらく美しいであろう人を
夢を見る気持ちを忘れないように
と
静かな音が通り過ぎていく
銀座四丁目、午後八時
愛があればよかったのだ
と
和光の鐘が鳴る
せめて愛があれば
と
***
雨上がりの街を夕陽が紫色に
染めていく 流れる人の波
雨上がりの湾を夕陽が紫色に
染めていく 揺れる波間に人
発車サイン音が鳴り終わるとドアが閉まります
閉まるドアにご注意ください
閉まるドアにご注意ください