生えて来ていた弥生
小池房枝

一昨日おとといが日蝕でした今日細い月を探すと見えていました

カラス座が見える春には懐かしく地平線下の星々を思う

花たちの静まる気配に何事かと思えば空に月浮かび来る

向こうからこちらへことりと落ちてきたばかりのような明るい月です

冬天という響きの中つんと突き抜けて光ってた星たちさよなら

惑星もスピカも全てかき消して月だけが浮かぶ春霞の夜

半月の光も和らぐ春の夜さそりもふわりと寛いでいる
 

すあま二つ逢魔ヶ時に持って出て桜の下でたれぱんだを待つ

真夜中に揺らいだ海と島のこと聞いたら何を思えばいいのか

雨の日のカタクリかたく身を閉じて爪先立ちのバレリーナのよう
 
クッキーをひとからもらってうれしくて押入れにそっとしまいこんでる

ささやかなものをたくさん見てきた日 次はあなたに早く会いたい
 
田の水を抜く時分にはオタマらの干からびセンベが出来るものです

掬い上げた小魚ぴちぴち網越しに掌の中で跳ねてうれしい

読み手ごと数多の読みを受け止めて尚も賢治はただ賢治である

アネモネが咲くから風が立つのだろうあべこべでもいい春の相聞


三日月は桜に遊び桜らは三日月挿頭かざす代わる代わるに

空き缶に菜の花一茎「なっちゃん」の笑顔も妙に得意そうです

ブルーナイル、ブルーラグーン、ブルーバユー、薔薇の名前に水の青やどる

離島にてふっと見かけた人骨はあなたはちゃんと土葬の人ね?

スミレからスミレ色した蝶々が飛び出してきてびっくりしました

えぐられた傷の血肉が盛り上がるまでは時折かさぶたをはがす
 
グロリオサ地上に降り立つ瞬間の天使裂かれた翼ひろげて

掌にころんと濡れたサカマキのからの貝がら飴色の琥珀


南への夜行に乗ってトンネルを海でくぐれば火の国の桜

納豆の白い繭から納豆が羽根を生やして生まれてきません

揺すぶられ叩かれて花は散るだろう洗われて木々は輝くだろう
 
ベランダを乗り越えてまで春の夜の嵐が窓のガラス叩くよ
 
部屋中にイチゴの香りが溢れてる早くケーキに閉じ込まなければ

「かなしい」は零れて落ちる「かなしみ」は名前をつけて抱え込まれる

満開の花は寒さに守られて長らえるでしょう花の命を
 
一度咲いた花は氷雨に打たれても蕾に戻ることは出来ない


車窓から見えてる景色に身をおきに行こうかそして電車を見るんだ

ピーとポー、ふー、ぐー、まー、以下、えとせとら。
怪しき家族ここに集えり。
 
片袖だけ通しておいで去る日には淋しい人にひかれないよう
 
クッキーを作りたいのに小麦粉をなぜか出す気になれない春の日 

花梨きみの愛らしい花を覚えてる季節の最中に伐られた姿も

ひとさおと何故数えるのかわかるよな箪笥は不思議な漢字をしている
 
よく冷えた空を通ってきたらしく雪はひらりとここに舞いました

人々の暮らしも基地も原発も何もかもなゐの上にある国


屋根の上こんばんおわぁと猫たちはおわんをもって托鉢においで

わたしでんでん這い跡夜目にも光ります殻の中には無限の図書館
 
ツーツツツー草木や花の気ぜわしい春のモールス信号を聞く
 
ヒヤシンス羽ばたくようにオデットは上向きに咲いて両手を下ろして

まだ濡れているアスファルトに青空が映って車は不思議ドライブ

喧嘩の喧「やかましい」って読むんだね鮮やかに出入り出来たらいいね

散る花は散れよ明日は沈丁花ばかりがせいせいしてるだろうさ

コーヒーを座敷わらしが覚えたか昼下がりミルを挽く音がする


滾々と湧きあがれ天へ尽きることなく黄泉ではなく「楽園の泉」

オフィーリア生きてる君と舟遊びしたいね川をどこまでも下る

黒髪のラプンツェルその洗い髪のおごりの春のうつくしきかな
 
やまびこの最初の一つはどの山が囁き返すか耳を澄ませる

河畔林は宅地になって分譲中タヌキはどこに引越せただろう

梅の花ひとつひとつが律儀にも五つに散ります小さな白斑

「すごいなぁオレサマこんなに謙虚じゃん」
「それって不遜きわまりなくね?」

ナメクジにニャル子と名づけていいですか。這い寄る混沌 NYARLATHOTEP


花は咲くことを課されてはないだろう。ただ誰かとの約束だろう

舞い降りて水浴びしていた言葉たち羽衣とられてひとの詩となる

ソラマメの形になったりツチノコに伸びたり春の猫の寝姿

鼻面を突き出してカメは春風に何の匂いをはかっているやら
 
青空の色をそのまま画素にして散りばめたようなオオイヌノフグリ

降って来るででぽの雛のピーの声ようこそ外の世界は広いよ

すみれつぼみ固く閉じられたパラソルの先っぽが濃い紫している

一日の終わりに風を穫り入れるように洗濯物をいれます


短歌 生えて来ていた弥生 Copyright 小池房枝 2011-03-02 23:57:08
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