形骸 ★
atsuchan69

荒く乱暴に削られた悲しくも不真面目な凹凸のある石畳は、煌めくルビーがさんざん泣いて叫んだあとのように、まだ温みのある紅い夜の涙でびっしょりと濡れていた。
蒼褪めた馬の首を被った人を殺したおまえたちがせわしく迎える朝、その罪の許しを請うまえに色とりどりの花で飾られた街中の窓という窓はすべて開け放たれ、年若い娼婦や片足のないバイオリン弾き、首にマフラーを巻いた金持ちの酔っ払い、猫を抱いた老婆、飛行帽をかぶったタイロッケンコートの男、真下に皿を投げ落とす憑依障害の女、洟をたらした太っちょの少年、そして葉巻をくわえたスコティッシュ・ディアハウンドだの女装趣味のあるナイフ砥ぎだの、白いエナメルの長靴をはいたミルク売りの少女だの…。
さてさて、一体全体どいつもこいつも美しく淫らな罪の色に染まってやがる。やがて誰かがおまえたちの悪行を償うために死んでしまうなんて、ほんの微塵も考えちゃいなかった。【生贄】は今夜もふたたび必要とされていたが、肝心の生贄たちはすこぶる陽気でお気楽だ。だいいち、穢れた生贄なんて豚も喰わない。たとえ神がどれほど寛容だったとしても、もしも仮に葉巻をくわえたスコティッシュ・ディアハウンドなんかが生贄だったら、きっとその罪を許すどころか激しい怒りのあまり街じゅうを灼熱の火炎によって百年は焼きつづけるにちがいない。しかしだからといって、生贄はいらないという訳でもけしてなかった。人を殺したおまえたちのためには、それ相応の償いは必要だろうし、かけがえのない命以外に大いなる神の許しに匹敵するものなど到底考えられなかったのだから。
そこで人を殺したおまえたちは、なんとなく神の喜んでくれそうな気のする白いエナメルの長靴をはいたミルク売りの少女を生贄に選んで箱詰めにした。すると、――君たち、こんな夜更けになにをやっているのだい? とつぜん、飛行帽をかぶったタイロッケンコートの男がすぐ近くの窓から声をかけたが、人を殺したおまえたちは黙って知らぬふりをきめた。それから、娘がとっくの昔に操を捨てていたとか今も数人の男と関係があるらしい…等ということはぜったい神様には内緒だ。そんなことがバレたりでもしたら、人を殺したおまえたちの命どころか魂は永劫に地獄行きだ。だから箱詰めのあと、生贄の箱を青い水玉模様の包装紙で丁寧につつみ、さらに紅い大きなリボンをかけて広場に置いた。そうして残酷な朝の光が不吉な教会の鐘の音とともに訪れるまえに、人を殺したおまえたちは跪き、箱をまえに神へ祈るふりをした。すると見よ! 夜の涙で濡れた石畳はたちまち地響きとともに崩れて、生贄の箱は底なしの奈落へと沈んだ。
街中の窓という窓からふたたび美しく淫らな罪の色に染まった顔が登場し、――ふん。なんだよ、また生贄ごっこかい。と、口々にそう云った。蒼褪めた馬の首を被った人を殺したおまえたちはそれらの陽気な悪人たちの顔を見あげ、とりあえず今夜も生きながらえているということを、恐るべき深淵の入口を見つめながらも束の間の安堵のうちに、そっと悟った。


自由詩 形骸 ★ Copyright atsuchan69 2011-02-22 00:22:59
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