nonya


浜町で地下鉄を降りたら
明治座を背にして
とっぷりと暮れた
甘酒横丁をまっつぐ歩く

人通りも疎らな通りを
吹き抜けていく北風が
飼い馴らしたはずのひとりぼっちを
カラコロと泣かせるから

不慣れな道筋を足早に辿って
軍鶏鍋を食いにいく
心細い人の縁を手繰って
鍋を囲む温かい輪に
こっそり加わりにいく

店の二階に上がると
ほどなく乾杯のグラスを鳴らして
鍋と箸の間で
ゆるい世間話が始まる
おちょことおしぼりの間で
ぬるい昔話が始まる
みんなとっても大人
いろんな形の大人が
鍋の中でグツグツ言いながら
豊かな風味を醸し出している

主役の軍鶏ではなく
瑞々しい長葱ではなく
いぶし銀の焼豆腐ではなく
自分とよく似た白滝の
味のしみ過ぎた細い神経を
スルリとすすり込む
うっかり七味唐辛子にむせて
頼りなく泳いだ視線を
向う岸のように受け止めてくれる
香しい微笑みがある

最後の水菓子を弄びながら
交わされた次の約束は
途方もない未来の話の
ような気もするし
昨日の石を明日の端に
繰り返し積み上げているうちに
あっという間に果たされる
ような気もする

ほろ酔い加減で店を出て
それぞれの帰途につく
軍鶏と醤油と濃密な時間の
芳ばしいにおいをまとった
背中や背中に
「気をつけて」
「ありがとう」

再び
甘酒横丁をまっつぐ歩く

温まった腹と胸を
フラリフラリと揺らしながら
上機嫌な革靴が
路上に陽気なリズムを刻む

行く手にどんよりと横たわる
浜町河岸の暗闇に
友の笑顔を灯しながら
心地よく北風を受け止める

「また今度」
「もう一回」

つぶやく先では
野暮な地下鉄の入口が
暗闇の中にポッカリ口を開けて
凍てついた光を垂れ流していた



自由詩Copyright nonya 2011-01-29 11:07:02
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